妹との初授業

 一緒に並びながら、目的地までのルートを二人仲良く並んで歩く。


「カルラはさ、もう実技とかしてんの? 座学よりめんどい?」

「四年生は主にそっちだもの、初っ端の授業から実技だったわ。でも、適当に魔法を見せれば関心してくれるし、放置しとけば勝手に動いてくれるし、案外楽よ?」

「ふぅーん……まぁ、王国魔法士団の魔法が見られたら盛り上がりもするわな。俺にもそのネームが活かせればいいんだが」


 引き継がれた情報によると、もう一つの三学年クラスの授業は実技であった。

 学んだことを実践し、己の経験とする。

 どこまで教えたかは前任の教師によって丁寧に事細かく書類にて教えてもらっているので、内容について困ることはない。

 というより、そもそも王国が誇る現代最高峰の魔法士達に教えられないことなどほとんどないわけなのだが───


「ミナから聞いたのだけれど、あなたの授業は評判がいいみたいね」


 隣を歩くカルラが嬉しそうに口にする。


「羨ましいわー、私なんて質問攻めと「魔法見せて」ばっかりでまともにまだ授業もできてないし」

「実力とネームが売れてる弊害だな。流石にそっちは俺もごめんだよ」


 ある程度しっかり教えて、適度にサボる。

 生徒から大人気にでもなれば、中々解放されない状況が続くだろう。

 そうなればサボる機会など減るため、クロにとってはまったくをもって羨ましくもない話であった。


「正直、このままいけばあなたの悪評も消えていきそうね。ここにいる子は社交界に顔を出す若者ばかりだし、いつか自然と悪評が英雄譚で塗り替えられそう」

「英雄譚ってお前……俺が今時の女の子からそんなかっこいい男に見られると思うか?」

「見られると思うわよ、さん」

「……誰だよ、席の名前に『英雄』ってつけたの」


 間違いなく自分の行いによるものなのだが、本来であれば嬉しいであろう名前に今更嘆くクロであった。


「……俺の引き籠もり生活がぁ」

「ふふっ、なら早く玉の輿に乗ることね」


 はて、玉の輿? 公爵家の人間が玉の輿できる人間など限られているはずなのに? なのにどうして彼女はそんなことを言うのだろう? 

 クロは綺麗な笑みを見せるカルラを見て首を傾げた。


「気にしなくていいわ、いつか


 校舎を出て、広大な敷地をしばらく歩いていると、ドーム状の建物の前まで辿り着く。

 一度は通っていた場所だからか、二人は迷うことなく迂回して入口へと足を進めていった。

 少しだけ続く廊下を歩く。

 すると───


「あ・に・さ・ま♡」


 訓練場の出口にて、そんな囁くような甘い声が耳元で響いた。


「……なぁ、サプライズするなら「わっ!」とかにしね? これじゃ「ビクッ」より「ゾクッ」なんだわ」

「あら、兄様。私が驚かす方面に注力するように見えますか? お淑やかで可憐なレディーは、何時でも殿方を堕とすことに注力しているのですよ」

「よぉーし、今の話は聞かなかったことにしよう! 攻略対象の殿方を身内に設定しているなんて話は身内からは聞いていないッ!」


 どこまでいっても現実逃避。

 ズカズカとスタンバイしていたアイリスをスルーして、クロは訓練場へと足を踏み入れる。

 そんな姿を見てクスッと笑ったアイリスだが、やがて隣にいたカルラを発見してジト目を向けた。


「……なんであなたもいるんですか、女狐?」

「いいでしょ、見学ぐらい。っていうより、あなた私に対して冷たくない?」


 これでも王女なんだけど、と。別に気にしてはいないが一応口にしておく。

 しかし、アイリスは───


を警戒するのも、歳頃のレディーの注力することですよ」


 言っている意味が分かっているカルラは、思わず頬を掻く。

 自分はあくまで見学する身。愛しの兄様の背中を追いかけるアイリスを見て、自分は訓練場の隅で肩を竦める。

 その時、ふと視線の先に見慣れた少女の姿があった。


(あそこにいるのって、ミナじゃない)


 プラチナブロンドの、自分と似た女の子。

 その少女は、ノートとペンを片手に訓練場に設けられた観客席で一人、真剣にクロの姿を見つめていた。


(そういえば、あの子って『英雄』に憧れていたんだったかしら?)


 今までクロを気遣って言ってこなかったが、妹の本当の憧れがどこに向いているのかは知っていた。

 まぁ、それがかはさて置いて。

 熱心なファンだこと、と。空き時間なのに足を運んだ姿を見て、カルラは微笑ましそうに笑った。


「兄様、兄様。私は今日という日を心待ちにしておりました!」


 一方で、クロの隣に並んだアイリスは表情を変えて嬉しそうな顔を見せる。


「大袈裟なやつだな……ほんと」

「できればベッドの上でのマンツーマン授業を所望しておりましたが……」

「すまないな、今はアカデミーの授業で忙しいんだ」


 身内との一線を越えたくないとかそういうのでもないのだが、とりあえず忙しいのでお断りしておいた。えぇ、決して妹と授業をしたくないとかそういうわけでもなく。


「にしても、今回は剣術の授業と被っているのか」


 クロはチラッと進んでいる方向とは反対側へと視線を向ける。

 いち学園が所有する訓練場にしてはあまりにも広すぎる敷地。そこには運動服を身につけ、木剣を片手に教師らしき男から説明を受ける生徒達の姿があった。


「アカデミーで人気な授業は回数も多いですからね。ブッキングすることなどよくあることです」

「案外、一緒に使っても全然迷惑になんねぇしな。特に剣術なんて使うスペースが少ないし」

「ちなみに、私も先程まで剣術の授業を受けておりました!」

「知ってるよ、その格好を見れば」


 アイリスは薄い運動着姿のまま胸を張る。

 可愛らしい顔にしてはしっかり育っている一部が強調され、クロは咄嗟に視線を逸らしてしまう。

 なに見てんだよ、と。見てしまった自分に辟易する。

 そして、誤魔化すように頑張った妹へ労いのなでなでをしてあげることに。

 アイリスは歩きながら、兄からの労いにだらしなく嬉しそうな表情を見せた。


「っていうか、アイリスは剣の方が得意だったろ? いいのか、魔法の授業を受けて?」

「何を仰いますか!? たとえ苦手で一学年と同等の実力しかないとしても、兄様の授業を受けられるのであれば「えー、なんでこのレベルの雑魚がいるの?(笑)」的な恥も受け入れます!」

「妹が逞しすぎて、兄としては複雑な心境なんだが……」


 心の成長に喜ぶべきか、恥を受けてまで兄と一緒にいたい妹の気持ちに嘆くべきか。

 本当に複雑な心境をしたクロはようやく待機していた生徒達の前へと合流し、頭を掻きながら生徒達を一瞥して───


「えー、新しく魔法の授業を担当するクロ・ブライゼルです、よろしくお願いしまーす」


 今日何度目かの気怠そうな自己紹介。

 それを受けて、生徒達は眉を顰めて嫌悪感を滲ませる。

 しかし、近くに自分達のトップに座るアイリスがいるからか、目立った蔑みは見受けられなかった。


 しかし───


「おい、クズ貴族」


 合流した途端、一人の男がクロに話しかけた。

 先程、端で見た剣術を教えていた男だ。


「えーっと……」

「アイゼン・トレスティアだ、仮にも教師なら同僚の名前ぐらい知っておけ」


 こちらは明らかに見せる蔑みと悪態。

 いきなり押し掛けて罵倒など、なんの用だろうか? そう思い、首を傾げるクロ。


「実はな、教師陣の中でお前に対する不信があるわけなんだが」


 すると、いきなり───


「どうだ? その証明と生徒達への実践での立ち回りの授業を兼ねてをしないか?」


 そんなことを言ってきたのであった。

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