立て続けに

 面倒なことになったなぁ、と。

 この時クロは思わざるを得なかった。


「さぁ、こいつの化けの皮を剥がしてやれ、アイリス! クズ貴族は由緒正しきアカデミーの教師には相応しくないのだと!」

「それを私の目の前で言う頭の湧きようには感服してぶち殺したくなりますが、兄様の魅力を最大限引き出せるよう頑張ります♪」


 大きな訓練場。その中心で、木剣を持った教師の男に励まされるアイリスの姿。

 周囲には同じように木剣を持った運動着姿の生徒達が見守るように囲い、クロの後ろでは———


『お、おい……あいつ勝てんのかよ、アイリス様に?』

『ここであの『英雄』かどうかが確かめられますね……』

『ふんっ! どうせ化けの皮が剥がれるだけだ』


 先程「はじめまして」をした魔法の授業を選択した生徒達の姿が。

 それぞれ「無理だ」と嘲笑う者、好奇心に駆られている者、期待に満ち溢れている者様々であり、その全てがアイリスではなくクロへと注がれていた。

 加えて、どこで話を嗅ぎつけたのか、訓練場に設けられた客席にはチラホラと授業時間が空いた生徒達が足を運んでいる。

 そして、クロの横にはプラチナブロンドを靡かせる相棒の姿もあった。


「あらあら、面白いことになってきたわね」

「面白くねぇよ……こっちとら、ただ授業しにここに来ただけだぜ? なのに、どうしてこんなことに……」


 がっくりと肩を落とすクロ。

 その背中を、好奇心で満ち溢れたカルラはそっと叩いた。


「まぁまぁ、男の子なんだから売られた喧嘩は買わないとね♪ たとえ、相手が最愛の妹さんででも」

「今初めて知ったその情報……」


 本当に、どうしてこんなことになったんだろう?

 時は、小一時間まで遡る―――



 ♦♦♦



「魔法士の至上命題として『願望』というものがある」


 アイリスの膝枕を受けてすぐ。

 昼の少し長い休憩を挟んで、クロは三学年の魔法の授業をしていた。

 この中にアイリスの姿はなく、「違う教室なんだな」と、入室して初めてクロは知った。


「魔法を学ぶ皆なら知っているとは思うが、これは学ぶ魔法に自分の願いを組み込むものだ。どんな目的があり、どんな結末を望み……その手段として自分の研究していた魔法をはめ込んで魔法式としていく」


 教室にはいくつか席こそ空いているものの、しっかりと授業に耳を傾ける生徒の姿があった。

 流石は分別がしっかりとでき始めている三学年だろうか? もちろん、クロが気に食わないで早々に立ち去った生徒もいるが、それ以外の生徒は比較的真面目だ。


(最初はすっげぇ聞いてくれなかったけどな……)


 授業を進めていくと、次第に関心を持ち始めた結果が今である。

 クロとしては「ボーっとしてるの暇だったのかな?」と、さして気にせず授業を続けていたのだが―――


(……分かりやすいですね)

(これ、前の先生より難しいこと言っているのに、すんなり頭に入ってくるんですけど……)

(クズ貴族って呼ばれているはずの男なんだが……一年生が騒いでいたのも頷ける)


 単純に、クロの授業の内容が覚えやすいからである。

 授業内容は範囲が決まっているために変わることはない。

 しかし、その範囲内で関心を持ちそうな高度な話を盛り込み、派生するように授業内容に戻っていくのだから関心は引き継がれる。

 これが「覚えやすい」に直結していくのだが、初めて教鞭を取ったクロが気づく様子もない。


「ここでさっきの話だ。もしも、魔法士として成長を望むのなら魔法式の構成、羅列、模写は基礎として必須になってくる。魔法が使えるだけでは二流……一流を望むのであればゼロからイチを生み出すことに慣れなければならん」


 クロはチョークを走らせ、大きな図を描いていく。

 その時、ちょうど授業終了を報せるチャイムが鳴った。


「だから……って、ようやく終わったか。んじゃ、俺は帰るからお疲れー」


 授業の延長なんてしない。

 クロは途中であろうともチョークを置いて、書類を手に取りそそくさと教室を出ていってしまう。

 あまりの切り返しの速さに生徒達は思わず呆けてしまうが、これまたクロが気にする様子はない。


「さて、次の授業は休みかなぁ?」


 アカデミーの授業は、陽が沈むまでの八時間制。

 授業人気の高い魔法は基本的毎日行われるので、基本的に演習などない限り半分の授業を受け持つこととなる。

 残りは一年生の半分と、アイリスのクラス。

 できたら働いた分休みたいクロは持っていた書類を歩きながら書類を捲り、授業担当を確認する。

 すると―――


「あら、お疲れ様」


 背後から肩を叩かれ、カルラが横に並んだ。


「それと、次の授業も頑張ってね」

「……そのセリフで一気に気分が下がったよ」


 確認する必要もなく、休みの希望が潰えたクロであった。


「あの子が喜んでたわよ? やっと兄様の授業が受けられます、って」

「っていうことなら、次はアイリスのところの授業か……あー、やだやだ。三年生って授業内容複雑なんだから教えるのだるいんだよ」

「文句言わないの、四年生を受け持っている私の方が面倒なんだから」


 肩を落とし続けるクロの背中を押して、カルラは笑みを浮かべる。

 しばらく歩き続けるのだが、何故か一向にカルラは手を離そうとしなかった。


「なぁ、なんでついて来るわけ? 君は男の着替えでも覗きたい新手のストーカーさん?」

「私、次の授業休みなの。だったら、何かと噂になっている相棒さんの授業でも見学しようと思って」

「……監視の目ができてサボれない」

「お兄様ラブな妹さんの授業の時点でサボれないでしょ」


 だよなぁ、と。

 クロは上がらない肩を携えたまま、カルラに背中を押されて廊下を歩くのであった。

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