憧れ
クロは決して残業はしない。
延期もしない、延長もしない。
早く終わらせ、余分なものなど吐き捨て過度な労働を切り捨てる。
それは、単純に少しでも早く労働から解放されて自堕落な生活を送りたいからだ。
(あー……次の授業まで二時間)
寝られるかなぁ、と。クロは初授業を終えた教室から書類を持って出る。
そのタイミングで、ゾロゾロと先程まで一緒にいた生徒達も教室から出てきた。
『な、なぁ……今の授業さ』
『前の人とは違ってたけど、なんていうか分かりやすかったね……』
『クズ貴族のくせに、やっぱり気に食わねぇ』
チラホラと聞こえる声。
一部ではまだクロを蔑んでいる者もいたものの、大半は満足した様子を見せている。
クロはそんな生徒達を横目で見ると、思わず欠伸をしてしまった。
(まぁ、どう思われようがそっちで好きにやってくれ)
他人の評価がプラスになろうがマイナスになろうが、どうでもいい。
クズ貴族だと思おうが、第七席の『英雄』と思おうが。
自分は可愛い妹の顔に泥を塗りさえしなければ、そっち方面は酷くどうでもいいのだ。
ここら辺がクズ貴族と呼ばれる所以なのだが、クロはそこに気づく様子はない。
もう一度欠伸を見せると、教師が集まる別の棟へ足を運ぼうと―――
「あ、あのっ! お待ちください!」
―――した時、ふと背後から声がかかる。
振り返ると、そこには教材を胸に抱えた知り合いの面影がある少女の姿があった。
「なんか用? 俺、さっさと戻って寝たいんだけど」
「寝るんですね……まだ陽は高いですよ?」
「カーテンを閉め切ればどこにいようが体感は夜中だろ。寝る子は育つんだ、覚えといた方がいいぞー?」
んじゃ、と。クロは踵を返す。
すると、襟首を「ぐぺっ!?」強く引っ張られた。
「待ってくださいっ!」
「……お前、俺の首がどうなっているか分かって殿方を引き留める乙女的な行動を取ってんのか?」
このまま数十秒も乙女的な殿方を引き留める方法を行使すれば、確実にクロの意識は寝てもいないのに彼方だろう。
「も、申し訳ございませんっ! そんな意図はなく手が勝手に」
「……恨みでもあるんだな」
「な、ないとは言い切れないです」
初対面なんだがなぁ。
クロは手を離してもらい、乱れた襟首を整える。
「んで、俺に何か用か? 言っておくが、分からないところは授業中でしか聞きたくないぞ、サービス残業は嫌なんでね」
そう言うと、ミナは首を勢いよく横に振る。
そして———
「先程は、失礼な態度を取ってしまい申し訳ございませんでした!」
王族に名を連ねる少女が、勢いよく頭を下げた。
クロはその行動に、思わず呆けてしまう。
「……はい?」
「先生の授業は、その……分かりやすかったです。今まで考えもしなかった方法ですが、説得力もあり……特に、イメージではなく理解という点に強く惹きつけられました」
先程まであんなに率先して威勢よく歯向かっていた女の子。
それが恥ずかしそうに自分を持ち上げている。
褒められ慣れていないクロからしてみればむず痒いこの上なかったが、この態度こそ授業が成功した証なのだろう。
ふと、脳裏にアイリスの笑った顔が思い浮かぶ。
もし、今のミナの言葉を聞いたら可愛い妹はきっと喜ぶに違いない。
「……そう言ってもらえたんならよかったよ」
そこに満足をして、少しだけ上機嫌になったクロは歩き始める。
ミナは何故か、置いて行かれまいとそそくさとクロの横に並んだ。
「あの、カルラお姉様とは仲がよろしいのですか!?」
「ん? まぁ、入った時期も近かったしな、大体の任務とかは基本的に一緒にいるよ」
「そうなんですね!」
とはいえ、基本的に己が首を突っ込んだ受けてもない任務をカルラが持ってきてくれて一緒に受けているだけではあるのだが。
しかし、たまにカルラが受けた任務を手伝ったりしていることもあるのであながち間違いではないだろう。
「そ、それで! 任務の時のカルラお姉様はどのような感じなのでしょう!? やはり、凛々しく勇ましいのでしょうか!?」
ミナは瞳を輝かせながら尋ねてくる。
随分と懐かれたもんだと、クロは昔のアイリスを見ているようで思わず苦笑いを浮かべた。
「カルラのこと、好きなんだな」
「はいっ! カルラお姉様は私の憧れです! いつか、私も魔法士団の席に座ってカルラお姉様と肩を並べて国を救うんです!」
「……そっか、じゃあ頑張るしかないな」
カルラもクロと同じくアカデミーで魔法を学んで王国魔法士団に入った。
中には独学で席に座った異端児もいるが、地道な経路で高みに登ることだってできる。
この少女は、果たしてこの四年でカルラと同じ道を歩くことはできるのだろうか?
(柄にもなく、変な好奇心を持ったなぁ)
生徒に対してそう思ってしまうのは、己が教師になったからだろうか?
普段抱かない感情の芽生えに、クロは思わず照れ臭そうに頭を掻いてしまった。
すると―――
「……あと」
「ん?」
「ひ、密かに『英雄』様にも憧れを抱いておりまして……」
頬を染め、恥ずかしそうにモジモジとさせるミナ。
そして、ふと可愛らしい少女はおずおずとした様子のまま上目遣いを見せた。
「あの、覚えていらっしゃいますか? 昔、『英雄』様が私を助け───」
その時、タイミングよく授業開始を報せるチャイムが校舎に鳴り響いた。
「あっ! えーっと、その……そ、それでは失礼します! 次の授業も、楽しみにしておりますので!」
ペコリと下げ、ミナはそそくさと廊下の先を走っていく。
その後ろ姿を見て、クロは小さな息を吐き―――
「Mっ子じゃないが、蔑まれないとやっぱり違和感があるよなぁ」
ただ、どうにも不快には思えなくて。
クロは口元を綻ばせながらそのままゆっくりと廊下を歩くのであった。
「……兄様、なにやら教室の一つが風通しのよすぎる部屋に変わったらしいのですが、お心当たりはありますか?」
「……あ」
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