イメージではなく、理解

 結局、退室する生徒はいなかった。

 授業をサボりたくはないという、優等生な意識故か……はたまた、クロの魔法に気圧されて出るに出られなかったか。

 あるいは、なのだが、クロからしてみればどうでもいい話。

 授業が遅れて延長───とならないよう、早速授業を始めることにした。


「おい、第三王女」

「わ、私ですか?」


 先程の威勢はどこに行ったのか? 話しかけられただけで背筋を伸ばしてしまうミナを見て、クロは少しだけ苦笑いを見せた。


「色々思いの丈をぶつけ合った仲だ、とりあえずお前に早速質問させてもらうが……お前らは、魔法を扱う際に大事なことって分かるか?」

「大事なこと、ですか……?」

「そうだ、言うなれば「これさえあれば魔法が上手くなるコツ」っていうやつだな」


 ミナは話を聞いて、顎に手を当てて考え始める。

 すると、合っているかどうか不安な様子でゆっくりと口を開いた。


「イメージ、でしょうか……?」

「おーけー、分かった。他に何か思いつく子はいるか?」


 クロが周囲を見渡して聞くと、チラホラ「魔力総量?」、「運用技量センスじゃない……?」などといった声が挙がる。

 真面目に受けてくれているようで何よりだ。

 クロは内心ホッと胸を撫で下ろすと、首を横に振った。


「色々挙げてくれたが、残念ながらそのどれもない」

「そう、なのですか?」

「まぁ、考え方は人それぞれだけどな。もしかしたら、前任の教師は違うことを言ったのかもしれん」


 クロはチョークを手に取り、大きく黒板へ───


……?」

「そうだ」


 書き終えたクロはチョークを教壇へ置き、もう一度生徒達に体を向ける。


「あくまで俺の持論だが、重要なのは事象の理解だ。どうやって魔法が成立し、どうやったら魔法が生まれるのか───そこを理解した人間こそ、魔法に長けた人物と言える」


 魔法は万能な道具ではない。

 擦れば願いが叶うランプとは違って、自分の力で事象を起こす必要がある。

 そのため、具体的に「どうすればどういう事象が起こるのか」を予め知っておかなければならないのだ。


「例えば、手のひらに火の玉を生み出したいとしよう」


 クロは見せつけるように手のひらを向けた。

 すると、その上に小さな火の玉が生まれる。


「こうやって生まれた火の玉だが、今のは客観的に「こういうのが現れてほしい」と思って現れたわけじゃない。実際には火種を生んで定期的に一定の酸素を送り続けているだけだ」

「「「「「………………」」」」」

「まぁ、この程度なら漠然としたイメージで起こせるものだけどな。実際に、何ヶ月か魔法を学んだお前らの内の何人かは、これぐらいの初級魔法ぐらいは扱えるだろ」


 クロが火の玉を握り潰して消すと、積極的に耳を傾け始めたミナが手を上げる。


「あの、でしたらイメージだけで事足りるのでは? 実際に、事象としては成立しているわけですし」

「だったら、俺がやってみせたようにイメージしてあの壁を砂に変えられるか?」

「そ、それは……」


 ミナは思わず口篭ってしまう。

 自分で口にしておいて、できないと思ったのだろう。

 だが、そういう質問は純粋にいい傾向だ。

 それだけ、授業に関心を持ってもらっている証拠なのだから。


「イメージでは限界がある。漠然とした想像だと、細部まで魔法を創造できない。要はということだ」


 大きな時計がある。さぁ、これを思い浮かべたら作れるので作ってみてください。

 そう言われて、確かに作れる人はいるだろう。

 しかし、その時計はちゃんと動くのだろうか? 中の歯車の構造をまったく知らないで空っぽのままなのに?

 結局、そういうことだ───知らないものをイメージで作ろうとしても、知らなければ作ることはできない。


「教材として渡された魔法書に詠唱が書かれてあるのは、あくまでそのイメージを補うものであって万能で完璧じゃない」


 クロはゆっくりと、ミナに向かって歩き出す。


「もちろん、お前達は魔法を習い始めて数ヶ月しか経っていない。分からないうちは、その方法でも構わないだろう。ただ、今の話を頭の中に入れておいてくれ」


 ミナの前に立つと、クロは少しだけ口を緩めた。


「ちなみに、お前の姉はそうやって第八席に選ばれたぞ」

「お、お姉様がですかっ!?」

「あぁ……というより、今魔法界の最前線に立っている人間は、例外なくイメージよりも事象の理解が前提として魔法を作り上げている」


 それを聞いて、ミナだけでなく生徒全員がゴクリと息を呑んだ。

 クロの放った発言に、信憑性を感じたのだろう。


 何せ───実際にそうして憧れの席に座っている人間が、ここにいるのだから。


「もっと興味を持て。分かりやすいものだけに囚われず、誰もが嫌がることに目を向けろ。地味なことでもどうでもよさそうな些細なことでもなんでもいい、知ろうと知識を求めるんだ」


 クロは皆の視線を受け、もう一度教壇へと戻る。


「アカデミーに相応しくないクズな貴族が、クズらしくもない真面目な言葉を残そう───」


 そして、クロは生徒達に向かってクズらしくもない真面目な顔で言い放ったのであった。


。この言葉が、最初の授業で覚えてもらう俺からの要望だ」

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