初授業
『うわ、ほんとに来たよ』
『本当に魔法が教えられるのかしら?』
『はぁ……アカデミーも落ちぶれたな』
ヒソヒソと、それでいて嫌味でも込めているかのように聞こえるように話している生徒達。
分かり切ってはいたが、なんとも幸先の悪すぎるスタートである。
カルラであればこんな反応にならなかったんだろうな、と。クロは内心で辟易とした。
(別に慣れちゃいるが、こんな塩対応でやりたくもない仕事とか……俺は鞭で喜ぶマゾっ子じゃねぇんだぞ?)
とはいえ、そんな愚痴など吐けるわけもなし。
吐いたところで言い返されるのがオチである。
公爵家の人間に言い返すのもどうかと思うが、そもそもクロが普段から英雄業を隠して自堕落な生活を送っていたのが原因。
クロは最低限しっかり授業だけはしようと、黒板を前にチョークを取る。
その時———
「少しいいでしょうか?」
一人の少女が手を上げる。
プラチナブロンドのセミロング。まだあどけなさの残る端麗な顔立ちは、どこかある女性の面影を感じた。
「えーっと……?」
「……ミナ・キュースティーです。まさか、ご存じでないのですか?」
「あぁ、カルラの妹」
ということは、例の豊作の一人である第三王女様。
どうりで面影があるなと、クロは少しだけ納得した。
「すまんな、お前らの知ってる通りクズ息子は社交界にはあんまり顔は出さないんだ。自己紹介どうも」
「ご自身で自覚なさっているのであれば、何故教鞭を取るのです?」
どこか明らかな棘を感じさせる口調で、ミナは言葉を続ける。
「ここは由緒ある我が王家が運営するアカデミーです。ロクに貴族の責務を全うせず、のうのうと生きている人間が我々に教えられると思うのですか?」
そうだそうだ。なんて失礼な言葉がチラホラと見える。
もちろん、大人しく行く末を見守っている生徒の姿もあった。
きっと、そういった人間は大事に関わりたくないか、もしくは仮にも公爵家の人間であるクロに爵位の壁を感じているのだろう。
クロとしては見守ってくれている方がありがたいのだが、目下そういうわけにもいかない。
「って言われてもなぁ……文句ならアイリスに言ってくんね? どっちかというと巻き込まれ事故の被害者枠なんだが?」
「……アイリス様から話はお伺いしております。ですが、にわかに信じられません―――あなたが、あの尊敬する『英雄』様などと」
こうして教壇に立っているのに、信じられない様子。
実際に『英雄』の扱う魔法でも見せれば納得せざるを得ないのだろうが―――
「はいはい、信じる信じないはお好きなよーに。別にお前らがどう思おうが、こっちはこっちでやることやるだけだ」
クロは肩を竦め、引き継がれた書類を教壇の上に置く。
「選択授業だろ? すぐには無理かもしれんが、嫌なら違う授業に変えるといい。魔法を学ぶのは二年から頑張れ。そしたら、お前さんらの大好きな第八席様が直々に授業してくれるだろうよ」
「ッ!」
「寝るなり外に出るなり好きにしてくれ。俺も昔は同じようなことしてたしな、自分のことは棚に上げるつもりはないから安心しろ」
これでいいか、と。クロは授業を始めようとチョークを走らせようとする。
すると、ミナは肩を震わせて教室に響くぐらいの叫びを上げた。
「ふざけないでくださいっ!」
「あ? 何が?」
「そうやって、由緒正しきアカデミーを侮辱するつもりですか!? ここは、我らが王族が若者をしっかりと教育させた上で社会に出そうと設立した場所です! なのに、何故あなたはそんなにも適当でいられるのですか!?」
王族であるが故に、誰よりもプライドがあるのだろう。
確かに、今は夢を見て足を運んだ一年生だ。それが途中でクズ貴族と悪名高いクロに変われば、憤るのも無理はない。
子供であるが故に、感情的。
本来、クロはアカデミー側から正式に依頼されて働いている教師だ。
生徒がなんて言おうが、学園長が認めて雇っている以上文句を言われる筋合いはない。
(あー、アカデミーってこういう子がいるんだよなぁ)
とはいえ、多感なお年頃で感情的になりやすいのをクロは分かっている。
アイリスが聞けば鉄拳制裁が飛び交いそうなところだが、クロとしては怒るつもりはなかった。
「元々こういう性格だとしか言えないなぁ。自堕落最高、勤勉は俺のアンチバイブルだ」
「あなたという人は……ッ!」
「だが、可愛い妹の面を汚さないためにも、授業だけはちゃんとやるつもりだ。これでも、一応王国魔法士団の第七席に座らせてもらっているからな」
ある程度はしっかり教えられるぞ、と。クロはミナの反応を窺う。
すると、ミナは憤りで震わせていた肩を治め、嘲笑うかのように口元を吊り上げた。
「なら、証明してみせてください」
「ん? 俺が第七席かどうかって話か?」
「はい、もしアイリス様の仰っていた話が真実であれば、あなたは戦場をも動かせる魔法士なのでしょう?」
そうだそうだ! なんて何度目か分からない同調の声が響き渡る。
(はぁ……やっぱりこうなるか)
クロは内心だけでなく、表でもため息をつく。
これ以上、どう口を開いても彼女達は納得などしないだろう。
であれば、もう仕方がない。
生徒達が見つめる中、クロは教壇の前で一度床を小突く。
すると―――
「これでいいか?」
―――教室の窓側の壁が全て砂となった。
『『『『『………………』』』』』
「……は?」
教室にいた生徒全員が、思わず呆けてしまう。
代表していたミナもまた、口を開けたまま風通しがよくなり過ぎた外を見て固まってしまった。
無理もない。
何せ、たった一回地面を小突いただけで硝子諸共壁が砂へと変貌してしまったのだから。
「もう一度言うが、嫌なら別に受けなくてもいい」
クロは教壇の上に飛び乗り、足を組んで教室中を見渡した。
「その代わり、授業を受けたやつと差が出るのは覚悟しろよ? なんてったって、このアカデミーの魔法の授業は……例外なく、現代の最高峰が教えるんだからな」
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