担当

 アカデミーは四年制。

 全校生徒は貴族ばかり集まる場所だからか百二十人と少なく、各クラスそれぞれ十五名しかいない。

 そのため、数多い選択授業でも教師の数は一人二人と案外少ないものだ。

 故に、新しく魔法を担当することになったカルラとクロで全校生徒の授業を回していかなければならない。


「それで、誰がどこを担当するかって話だけど」


 一限目の授業中。

 アイリスを放置して生徒の大半が授業を受けている中、カルラとクロはアカデミーの敷地にあるテラスで書類と睨めっこしていた。

 なお、チラホラと生徒の姿がテラスに見受けられるのは、選択授業で時間が空いてしまった生徒だ。

 カルラという王女と、クズ貴族で有名なクロがいるからか、視線を何度か向けてはヒソヒソと話している。


「どこ受けたい?」

「えー、全部カルラがやってほしい」

「過労で死ぬわよ何言ってんの?」


 多い書類を見てゲッソリとするクロ。

 自堕落所存のいい歳こいた大人にとって、紙の束はげんなりとしてしまうものであった。


「じゃあ、楽な方で」

「そうねぇ……ざっと目を通した限り、比較的楽なのはやっぱり下級生の方かしら」


 学年が上がるごとに授業内容も複雑になっていくのは当たり前。

 一学年は魔法の基礎が大半。そこから徐々に難易度が上がり、応用や実用の方に授業内容も変化していく。

 必然的に、下級生を相手に授業する方が上級生に授業するよりも楽なのだ。


「ってことは、俺一学年と───」

「三学年ね」

「二学年やらせてくれないの!? やっぱりカルラも楽な方面を所存!?」

「当たり前じゃない。あなたと違って、こっちは自然と魔法士団の仕事も回ってくるんだからね。王女としてパーティーとかにも参加しないといけないし」


 それに、と。

 カルラは明らかなため息をついた。


「教師になる前に、アイリスから「絶対私の授業を兄様にさせてください絶対です殴ります」って言ってきたのよ……」


 容易に想像ができる理由で、クロは思わず顔を覆ってしまった。


「それか、折半感覚で半分ずつ請け負うってやり方もあるけど───」

「違うクラスと内容違ったらめんどいだろ。それだったら統一しようぜ」

「了解、じゃあ私が二学年と四学年を担当するわ」


 話は纏まったようで、カルラは書類の半分をクロへ手渡し、半分を自分の下へ引き寄せる。

 この書類は、前任者が残してくれたものだ。今手元に集めたのは、それぞれの学年の引き継ぎ内容である。

 クロはもらった紙をパラパラと捲ると、大きくため息をついた。


「はぁ……内容自体は教えられるもんだけどさぁ。こういうアカデミーの裏側を知ってくると、本当に教師になったんだって実感が湧いて辛い」

「そう? 私は結構楽しみだけど」

「そりゃ、勤勉に拍車のかかった優良児さんからしてみればそうでしょうよ」


 そもそも、人として終わっているが働くこと自体があまり好きではないのだ。

 こうして「仕事です!」みたいな実感が湧いてしまうと、どうしても萎えてしまう。


「ほんと、あなたって魔法の才能がなかったら将来が心配になるような人間よね」

「よせ、普通に自覚はある」

「まぁ、あとはお人好しな部分でどれだけカバーできるかだけど」


 カルラは上機嫌そうな笑みを浮かべる。

 からかって楽しいのか、はたまたこれからの授業が楽しみなのか。

 本当は両方なのだが、乙女心に鈍感なクロは気づくわけもなかった。


「そういえば、この前あなた珍しく依頼を受けたでしょ?」


 思い出したかのように、カルラは話題を変える。


「あ? 野盗の話?」

「あれは完全に事後報告だったでしょうに……そうじゃなくて、人攫いの」

「その件か」


 クロは思い出し、背もたれにもたれかかる。


「最近、うちの領地で人攫いが起きたんだ。んで、調べてると王国中で度々散見されているらしい。んで、ちょうど依頼に上がってきたから受けただけだ」

「人攫い、ねぇ……?」

「決まって子供ばかり。んで、誰一人として攫われた現場を目撃してない。今は情報屋に調べてもらってる最中」


 基本的に、クロは自分から依頼を受けることはない。

 成り行きで助けることがあったり、直接お願いされなければ自ら腰を上げたりはなかった。

 そんなクロが自分から行動したのは、自分の領地で問題が挙がったからだろう。

 それでも、内容はまたまた


(ほんと、私利で動いているように見えて、いっつも誰かのためなんだから)


 そこがかっこいいんだけど、と。

 カルラは思わず口元を緩めてしまった。

 その時───ふと、アカデミー中にチャイムが響き渡る。


「あら、一限目が終わったみたいね」

「懐かしいなぁ、このチャイム」

「ちなみに、次は一年生の魔法の授業があるわよ」

「嫌だなぁ、このチャイム」


 とはいえ、ここまで来てしまえば引き返せるわけもなく。

 クロは紙の束を手に取って重たすぎる腰を上げた。


「行ってらっしゃい、これから頑張りましょうね」

「……おう、行ってくる」


 カルラに見送られ、クロは校舎の方へと向かっていった。

 懐かしい風景。授業が終わったのか、そそくさと出ていく生徒達。

 クズ貴族が教師の証であるローブを着て歩いているから、必然的に注目を浴びてしまう。

 そんな視線を一身に受け、クロは内心でため息をついた。


(はぁ……本当にやっていけんのかね?)


 授業と授業の間の休憩は五分間。

 その間に次の授業があれば教室を移動しなければならないので、生徒達は大忙しだ。

 忙しない生徒達が歩く廊下で、唯一ゆっくり気だるそうに歩くクロ。

 しばらく歩いていると、ようやく一つの教室の前までやって来た。


 ───時間はギリギリ。


 あと少しでもすれば、授業の開始のチャイムが鳴ることだろう。

 クロは緊張することもなく、扉を開け放つ。

 壇上を見下ろすような形で配置されている生徒達の机と椅子。そこから、またしても視線が一身に浴びせられた。

 そして───


「……初めまして、これから魔法の授業を担当するクロです。一年生の皆さんよろしゅう」


 ───クロの教師としての生活が、幕を開けた。

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