教師の証
「あぁっ! 兄様! もしかして私のために怒っていただけたのでしょうか!? 私はとっても感激です!」
目をハートにしながら、クロの腕に抱き着くアイリス。
現在生徒会長室には大きな穴が壁に開いており、外から丸見えの構図になっているのだが、本人はそれどころではないようだ。
「……シスコン」
「……悪かったって」
一方で、横では綺麗な女性からのジト目が。
妹に抱き着かれている構図もあり、クロはなんともいたたまれない空気を感じていた。
「……んで、アイリス? 風通しのいいこんなところに集まって何をするんだ?」
「風通しをよくしたのは兄様ですが、可愛い妹は気遣えるレディーです。これ以上はお口にチャックいたします」
全然チャックできていなかったんだが、というツッコミを気遣える兄はもちろんしない。
アイリスは立ち上がると、入り口の傍に置いてあったクローゼットを開けて二つのローブを取り出した。
いつも自分達が着ている王国魔法士団のローブとは違う。真っ白で、大きくアカデミーの紋が縫われている。
このローブを、もちろんクロもカルラも知っていた。
何せ、自分達が通っていた時に教師の人間が着ていたのと同じで―――
「こちらをお渡ししたかったのです。今日から兄様達は立派なアカデミーの先生ですから」
「まさか、私がこれを着る日が来るとはねぇ」
「嫌なら着なくても構わないのですよ? 回れ右して兄様と二人きりの空間を演出していただけた方が私は助かります」
国家戦力を気遣い要因に持っていくとは、流石である。
「ささっ、兄様。もしよろしければ早速着てみてください♪」
アイリスはカルラからのジト目をものともせず、ローブをクロの胸に押し当てる。
仲悪いなぁ、と。クロは苦笑いを浮かべながらアイリスからローブを袖に通し、身なりを整える。
サイズもちょうどピッタリだ。少し肩を回してみたが窮屈なところはなく、まるで自分のために用意されたのではないかと不思議に思ってしまうものだ。
「ふふんっ! 兄様のために私が急ぎで新調いたしました!」
自分のために用意されたものであった。
「え、俺のサイズっていつの間に測ったの?」
「兄様のサイズなど、測らずとも目視で分かります」
なんで分かっちゃうんだよ。
妹の兄に対する異常っぷりに、クロは露骨に肩を落とした。
その横ではカルラも同じようにローブに袖を通しており、何度もクルクル回りながら自分の姿を確認していた。
その姿は子供っぽく少し可愛らしいもので、落とした肩が上がっていく。
「袖を通したということは、これで晴れてお二人は立派なアカデミーの教師です」
アイリスがクロから離れ、二人の対面へと腰を下ろす。
「本日から早速授業を行ってもらうのですが、まずは最低限注意事項だけ説明しておきます」
「注意事項?」
「はい、当然生徒の模範となる人間ですので」
アイリスは指を一つ立て、
「まず、生徒にはあまり優しくしないでください」
「ん? 別に優しくしてもいいんじゃないの? 私が通っていた時の教師も優しかったわよ?」
「人として接する分には構いません。私が話しているのは授業中の時です……他の授業とは違って、魔法は命を落としてもおかしくはない教材なので」
要は優しく接しすぎて本来の路線から逸れるなということだろう。
一歩でも取り扱いを間違えたら危険な薬品と同じで、魔法だって人を殺してしまう。
退屈な授業で全然聞いてくれない。でも、昨日夜遅くまで予習してくれていたから……なんて思うな、厳しく叩き起こしてでも聞かせて生徒が安全な状態で授業を受けられるようにする。
アイリスが言いたいことが分かったのか、カルラは押し黙ってしまった。
「あとは、授業はあくまで「教える範囲内」で教えてください。絶対にダメだ……とは言いませんが、お二人の魔法を教えるのにはリスクが高すぎます」
「まぁ、学生で扱うには無理があるし、規模も違うしな」
「普通の教師であればこのような危惧はないのですが、お二人は王国の魔法士団の人間……扱う魔法の異常さは実際に見ていなくとも耳にするものだけで充分理解させられます」
王国魔法士団の人間は、それぞれが戦場を動かせてしまうほどの魔法を扱える。
そんな魔法を生徒に無暗に教えて乱用でもされてしまえば、その生徒だけでなく他の生徒まで危険な目に遭わせてしまうかもしれない。
「とはいえ、魔法の扱いに長け、魔法の恐ろしさを誰よりも知っている魔法士団の人間に改めて説くことではありませんが」
最後に、と。アイリスは至極真面目な顔を見せた。
これまでの話も、充分頭に叩き込んでおかないといけなさそうなものであった。
それから見せるこの表情だ。
何事なのだろうか? クロとカルラは思わず息を呑んでしまう。
そして———
「ぜっっっっっっっっっっったいに生徒とのラブコメに発展しないでくださいねっ!?」
「…………」
「兄様の魅力があれば全校生徒が惚れてしまうのは必然ではあるのですが、そういうのは私の許可なく行ってほしくないと言いますか私だけの特権と言いますか!」
「…………」
そんな真剣に聞く必要もなかった。
クロとカルラは立ち上がり、必死に言い聞かせようと熱中するアイリスを無視して、そそくさと部屋を出ていくのであった。
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