歓迎されないムード
クロも一応は王立のアカデミーには通っていた。
国を牽引する貴族の筆頭……その一家に生まれたのであれば、それなりに格式あるところで学ばなければいけない。
時折抜け出して授業をサボったり、堂々と一日中寝ていたこともあったが、おおよその仕組みや施設は覚えているもので―――
「懐かしいなぁ……首を絞めつけるネクタイがなければ、学生に戻った気分だったんだが」
「緩め切っているネクタイに締め付けられたような感触はありませんよ、兄様」
大きな校舎へと入り、アイリスに連れられるがまま歩くクロ。
やはり悪名は貴族内ではかなり有名。歩いているだけで通り過ぎる生徒からの冷たい視線を浴びせられる。
とはいえ、そんなことはとっくに慣れているわけで。
気怠そうに欠伸を一つしながら、何年か前に通っていた頃の懐かしさを思い出していた。
すると―――
「兄様、こちらです」
アイリスは立ち止まり、一つの扉に手を向ける。
その扉につけられているプレートには『生徒会長室』と書かれており、とりあえずの目的地なのだろうというのが分かった。
ただ、クロは案内された場所を見て首を傾げる。
「普通は学園長とかに挨拶するんじゃねぇのか? ほら、教師枠だし」
「学園長はしばらく国外でお仕事をされておりますので、欠席です。もちろん、すでにお話は通しておりますので、問題ないですよ」
久しぶりに婆さんに会えると思っていたんだがなぁ、と。
少しだけ期待していたクロはちょっとだけ肩を落とした。
「さぁさぁ、お入りください兄様♪」
自分の部屋に招く乙女のように、上機嫌なアイリスは生徒会長室の扉を開ける。
中は意外と大きく、ソファーやテーブルが中央に鎮座。さらに窓際には執務机が置いており、壁はびっしりと肖像画が飾られている。
流石は王国一のアカデミーのトップか。一度も入ったことのない場所を見て、クロは感心していた。
「あぁ、まさかカルラ様と共に教鞭を取る日が来ようとは!」
テーブルの前でテンションが上がっている小太りの男が一人。
その視線の先には、面倒臭そうに頬を引き攣らせるプラチナブロンドの髪をした美人が立っていた。
扉が開いたことに気づいたのか、その美人さんはクロの方に視線を向け―――
「(助けなさい)」
「(いきなり言われても)」
―――アイコンタクトでそんなヘルプサインを飛ばしてきた。
「ささっ、兄様! こちらにお座りください私がこれから労いを込めて紅茶をご用意いたします♪」
「私にも出しなさいよ」
「あなたはそっちの接待でも受けていればいいんです」
ヘルプサインを受け取っていないとはいえ、堂々とスルーを決め込むアイリス。
どうやら、小太りの男や第一王女よりも兄様優先のようだ。
「アイリス、この男はまさか……」
「事前にお伝えしていた通りです、私の兄様でこれから魔法の授業をそちらの王女様と担当してくださる方ですよ」
カルラに続いて開いた扉に気づいた小太りの男がチラッとクロの方を見る。
見た目やアイリスを呼び捨てにしているところを見るに、この男も教師なのだろう。
男は舌打ちをすると、すぐさま紅茶を淹れ始めるアイリスへ駆け寄った。
「考え直せ! あのクズ貴族が魔法など教えられるはずがない!」
「あ゛? 今、私の前で兄様を侮辱しましたかゴラ?」
「あなたの妹って、本当に相変わらずよね」
「自分で言うのもなんだが、将来が心配になるぐらいだな」
男から解放されたカルラとクロは、他人事のように額に青筋を浮かべるアイリスを見た。
しかし、当の怒気を向けられている男はそれに気づかないようで。
「カルラ様は分かる……あの王国魔法士団の第八席で、皆の畏怖と尊敬を浴びている第一王女様なのだから!」
「それを言うなら兄様も同じです。同じ第七席……それも人を救ってきた回数で言えばダントツトップの『英雄』ですよ? 何がご不満なのです」
「だから、それは君の勘違いだ! あの『英雄』様がこんな男なわけがない!」
結構言われており、普通に事実ではあるが、クロはそっと気にせずソファーへ座る。
「反論しなくてもいいの?」
「いや、だってこのまま教師の話がなくなってくれた方が嬉しいし。どちらかというと妹の擁護よりもあの男を応援したい」
というより、やっぱり反対意見はあったらしい。
確かに、悪名高いクズ貴族がいくら学園長から許可をもらったとはいえ、いきなり生徒会長権限で教師にでもさせられたら不満も挙がる。
何せ、ここは由緒正しきアカデミーなのだ。そこで働く人間も、それなりにプライドと信念を持っているはず。
それが許せないと思う人間がいて当たり前。
できればこのまま話が水に流れないかと、クロはそっと話に耳を傾け———
「あまりこのようなことは言いたくないが、どうして君はあの兄を慕っている? 正直、ガッカリだよ……アイリスの目は節穴としか言いようがなぶべらっ!?」
そして、小太りの男が窓を突き破って吹き飛んだ。
「へ?」
「あらら……」
いきなりのことで呆気に取られるアイリスと、横で苦笑いを浮かべるカルラ。
その間には、室内を圧迫するかのような土の柱が窓を突き破って伸びており―――
「俺を馬鹿にするのは構わねぇが、妹を馬鹿にしてんじゃねぇよ」
一人青年だけは足を組んで苛立ちげな声を漏らしたのであった。
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