第八席
「ふぅーん……そんなことになってたの」
靡くプラチナブロンドの長髪。
黒く染った槍に串刺しにされている巨大な龍の上で、一人の女性が足を組んでクロを見下ろしていた。
美しく、凛とした佇まい。アイリスとはどこか違う、大人びた上品ある雰囲気。
整いすぎている綺麗な顔立ちは、同性の中でも群を抜いているほど。
「お兄ちゃん大好きっ子なアイリスが考えそうなことね」
荒れ地となった人気のない山の中で、クロはそんな女性の視線を受けて大きなため息をついた。
「そうなんだよ……はぁ、マジで憂鬱」
「まぁ、自堕落希望のあなたからしてみれば、教師なんて単なる面倒事だものね」
龍の亡骸の上に座る女性───カルラ・キュースティーは頬杖をついて肩を落とすクロを見つめる。
「そういえば、うちの妹と弟も今在籍してたっけ? そっか、授業参観があればあなたと面接しないといけないのか」
「おいマジでやめろよ……王族に囲まれるシチュエーションとか胃に穴が開き放題だろうが」
カルラ・キュースティー。
この国の第一王女であり、王国魔法士団の第八席に座る女性である。
そんな女性の妹弟となれば、間違いなく頭が上がらない人種の人間であることは間違いない。
腫れ物扱いされてきたからこそ社交界に顔を出してこなかったクロとしては、相手にしたくないお偉いさんだ。
「そもそも、あなたがアカデミーに通うだけで各種方面からバッシングは確定なんでしょ? だったら、もう開ける胃もないと思うけれど」
「マジでそれなんだよなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
人気のない山にクロの叫びが響き渡る。
なんというか、かなり切実そうな声だというのが伝わってきた。
何せ「はい授業しまーす」と言ったところで「は? なんでこいつの授業受けなきゃいけねぇんだよまともに教えられるわけねぇだろ」とヤジが飛ぶのなど目に見えているからだ。
「アイリスは俺が『英雄』っていう要素だけでゴリ押そうとしているらしいし……そんなに偉いもんかね、生徒会長ってもんは?」
「それはそうでしょ」
カルラは龍の上から降り、そっとクロの横に座る。
「王国一の学び舎。そのトップに座っただけで社交界では泊がつくの。あなたは滅多に顔を出さないから知らないでしょうけど、あの子って社交界でかなりの発言力があるのよ?」
「俺の知らない間に妹がアイドル枠……」
「おかげで、婚姻のアプローチも多いんだとか」
「ふむ……その話を詳しく。具体的には、俺のお眼鏡に適う人間がいるかどうかの情報を───」
「黙りなさい、シスコン」
妹も妹だが、兄も兄で大概であった。
「まぁ、だからある程度は妹さんのおかげでどうにかなるんじゃないかしら? 実際、あなたぐらいの力があればどこぞの教師よりかは優秀でしょうし」
「俺、誰にも魔法教えたことないんだけど……」
「そこはほら、ノリと勢いでなんとかするしかないわ」
「俺の人生を夕日に向かって駆け出すスポコンと勘違いしてねぇか?」
そんな根性論でどうにか自堕落ライフ問題が解決するのであれば苦労はしない。
ぶっちゃけ、こうして市民の脅威を勝手に取り除いていた方が幾分かマシなのだ。
「諦めなさい、あなたが任務外で人助けしちゃったのが原因なんだし」
「ぬぐっ!」
「お優しいのは結構だけれど、少しは自分の将来でも考えることね」
知り合いからの突き放し。
それと、脳裏に思い浮かぶ家庭内崩壊の危機を誘発するであろう
考えることや問題が山積みになったことで、クロの心はさらにナイーブになってしまった。
「(……早く私の
「ん? 何か言ったか?」
「なんでもないわ、鈍感さん」
はて、なんのことを言っているのだろう?
クロは思わず首を傾げる。
しかし、またしても脳裏にアイリスのことが───
「あーっ! 妹が婚姻をチラつかせなきゃスルー決め込んでほとぼり冷めるまで逃げてたのにー!」
「ちょっと待ちなさい」
「くぺっ!?」
突如、クロの襟首が引っ張られる。
誰がそんなことをしてきたのか……これは言わなくてもいいだろう。
視線を隣に向ける。そこには、何やら重大な問題でも発覚したかのような真剣な瞳を向ける美人さんの姿があった。
「あなた、妹さんに婚姻を迫られてるの?」
「お、おぅ……あいつ、愛の重いお兄ちゃん大好きっ子だから」
「か、家族よね?」
「あいつの理論では、自分は養子だから関係ないとのことらしい」
実際に、クロとアイリスは血が繋がっていない。
女の子は一人ぐらいほしいという簡単な理由で孤児院から引き取ったのがアイリスなのだ。
色々評判やら体裁やらで問題はあるものの、国の法律上は婚姻も結婚も問題はない。
まぁ、あとは当人と家族のお気持ち次第ではあるが。
「……なるほど」
カルラはクロの話を聞いて一人考え込み始める。
「(あの子がお兄ちゃん大好きっ子なのは知ってるけど、まさか異性としても見ているとは……流石に予想外だわ)」
「あ、あのー……カルラさん?」
「(普段一緒にいられる私が周囲よりもリードしているかと思ったけど、アイリスが来るとなると話は別よね。こいつ、なんだかんだいってシスコンだし、アカデミーで何が起こるか分からない……)」
「ぐすん、もういいです……」
一人の世界に入ってしまったことで放置されたクロ。
情けなくもさめざめと泣いてしまう。
その時、ようやくカルラが現実世界に帰ってきて───
「……ねぇ、今二人教師枠に欠員があるのよね?」
「ぐすん……アイリスの話だとらしいっす」
「そう……」
そして、またしても少しばかり考え込み始め。
少しの時間が経つと、徐に顔を上げてこう言い放ったのであった。
「よしっ、なら私も教師をやるわ!」
「……はい?」
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