臨時の教師

次回は9時と18時に更新です!( ̄^ ̄ゞ


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 王立アカデミー。

 王国建国から続く由緒正しき学び舎は、王国一を誇り、貴族のご子息ご令嬢が多く集まる場所である。

 大抵の貴族はこの場所に通い、武力、知識、教養すべてを学んで社交界へと羽ばたく。

 それ故に、通う人間も教える人間もそれなりに地位や高いラインを越えた者のみでしか足を踏み入れることはできず、エリートしかなれないと言っても過言ではない。


 そんな場所に―――


「いやいやいや、アイリス無理だろ君は何言ってんの?」


 公爵家の食堂にて。

 学生服に身を包んだアイリスにジト目を向けながら、クロは口にした。

 しかし、アイリスは「何がいけないのか?」と、可愛らしく首を傾げる。


「はて、何もおかしなことなど口にしたつもりはないのですが……」

「どう考えてもおかしいだろ。なんで俺がアカデミーの教師になるって話になるんだよ嫌だよ普通に」


 クロの悪名はそれはもう酷い。

 社交界に顔を出せば確実に腫れもの扱いは間違いないほど。

 そんな人間が格式あるアカデミーの教師などすれば、バッシングは間違いはず。

 それが分からん妹でもないだろうに、と。クロは肩を竦める。

 しかし―――


「王国の魔法士団に加入するような人間が教師になれないのであれば、今頃アカデミーでは魔法の授業はありませんね」

「待って、そこは暴露する方針なのか!?」

「はい、そのつもりですが?」


 黙ってくれるって言ったじゃん。

 話が分かる義妹の急な手のひら返しにさめざめと泣いてしまうクロであった。


「私は母上達からお願いされております……兄様が、立派な大人になれるようサポートしてやれ、と」

「……どうせバラすんなら、もう王国魔法士団の肩書だけでいいじゃん」

「何を仰いますか! それだと四六時中一緒にいられないですよ!?」

「ちくしょう、そっちが本音か……ッ!」


 教師になれば、生徒であるアイリスとは共にいられる。

 普段家にいるクロとは日中過ごす場所が違うので、環境を同じにすれば一緒になれるという魂胆。

 妹の強かさがこんなところまできてしまった。


「実際のところ、前任の教師が二人も定年で辞められたばかりで、生徒会長としては後任を見つけなければならないのは目下の急務なのです」


 アイリスは、貴族のご令嬢ご子息が集まるアカデミーのトップの生徒会長だ。

 こんな「兄様Love♡」な雰囲気を醸し出しているが、実際のところアカデミーでの人気は凄まじい。

 それ故に、何百人もいる生徒のトップに選ばれたのだろう。

 クロは常々思う。アイリスが優秀なのは知っているが、こんな性格の持ち主だと露見した時どうなってしまうのか、と。


「そういうのってさ、普通アカデミー側が用意するもんじゃねぇの?」

「兄様の言う通り、本来であればアカデミー側が用意してくれます。ですが、今回は中々苦戦しているようでして……」

「どして?」

「今回、アカデミーは豊作と呼ばれているのです。第三王女様や第四王子様、私や他の公爵家の方々もおられます。普通に考えて、そんな人間に教えて何かあった時……怖いなとは思いませんか?」

「まぁ、確かに言われてみれば」


 アカデミーの教師になるのは、誇らしいことだ。

 優秀な者ばかり集まる場所で教鞭をとるということは、己も優秀である証。本来ならごぞって希望者が手を上げそうなものなのだが、その過程で何かがあってしまえばもちろん責任は自分が取ることになる。

 その責任を取らなければならない相手が貴族社会のトップクラスともなれば、怖気づくのも無理はないだろう。


「っていう話なら、俺も嫌なんだけど?」

「兄様はすでに失うものがありませんので」

「あるわ」


 自堕落な生活やら公爵家としての立場やら色々。

 クズにだって、守らなければならないものはあるのだ!


「というより、たとえすべてを失ったとしても……私がおります。やめる時も健やかなる時も、片時も離れないことを誓います!」

「やめろ、結婚式場でしか聞かないワードを兄妹間で羅列するんじゃねぇ!」

「では、誓いのキスを……」

「何故進行しようとするんだお前はッ!?」


 唇を尖らせ、今か今かと兄からの愛をもらおうとする妹。

 容姿は群を抜いて整っているのに、どうしてかまったく唇を合わせようとする気にはなれなかった。


「ふふっ、つれない兄様」

「お前、マジで家庭内の環境を崩壊させようとするなよ……父上と母上の胃に穴が開いたらお前のせいだからな」

「あら、常に兄様のせいで開きかけているように思えますが?」

「よぅーし、この話題はやめようぐぅの音も出ない!」


 クロは誤魔化すかのように朝食を貪り始める。

 そんな子供らしい姿を見て、アイリスは思わず口元を緩めてしまった。


「話は戻しますが、兄様」


 アイリスはフォークをテーブルに置いて口にする。


「お話、受けていただけないでしょうか?」


 妹からの珍しいお願い。

 それを受けても、クロは食べることをやめずキッパリと断る。


「嫌だね、正体バレるのも嫌だし。何より、教師になったら寝れないし遊ぶ時間も少なくなるし」

「むぅー……まぁ、兄様がそういうのは分かっておりましたけども」


 不貞腐れたように、アイリスは再び朝食を食べ始める。

 引き下がってくれたのが分かったのか、クロはホッと胸を撫で下ろ―――


「……いつ婚姻の話をしましょうか。兄様が『英雄』というネタを持っていけばわんちゃん母上達も……」

「よ、よぅーしっ! 可愛い妹のお願いを聞かないお兄ちゃんはいないもんなうんっ!」


 ―――す前に、盛大に首を縦に振った。


「ふふっ、ありがとうございます。流石はお兄様です♪」

「……なぁ、一応諭すことでもないけどさ。これって取引じゃなくて脅迫だからな?」


 とはいえ、そんな字面だけの違いをアイリスが気にするはずもなく。

 誰もが見惚れそうな、歳相応の笑顔を頬を引き攣らせるクロを他所にアイリスは浮かべるのであった。

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