クロとアイリス

次回は18時に更新です!( ̄^ ̄ゞ


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 クズ貴族と呼ばれるクロの朝は意外と早い。

 それこそ、貴族のご令嬢ご子息がアカデミーへ通う準備をするぐらいには、すでに起きて一日の活動を始めている。

 不思議に思うだろう。

 怠惰な日々こそを至上と考えるクロが惰眠を貪らないだなんて。

 これには、ちょっとしたワケがあった―――


「兄様」


 チュン、チュン、と。小鳥の囀りが聞こえてくる頃、ふとクロは目が覚めた。

 何故目が覚めたのは? それはもはや言うまい。

 瞼を擦りながら、まだ惰眠を貪れると足掻くかのように体は寝かせたままで少し嘆いた。


(クソ……なんか嫌な夢を見たぜ)


 そう、何かとっても嫌な夢を。

 具体的に言えば、妹に『英雄』としての姿を見られて正体がバレてしまったみたいな。

 できれば夢であってほしい……うん、きっと夢だそうに違いない。

 そんなことを願いながら、クロはゆっくりと目を開ける―――


「あら、兄様……おはようございます♪」


 すると、己の上に跨る露出の多い姿があった。


「…………」


 ここで動じるほど、クロはもうお子ちゃまではない。

 まず第一に、アイリスを退かしてシーツの中を確認する。

 どうしてシーツの中を確認するかって?

 そんなの、ナニが使われたかどうかの形跡がないかどうかしっかりと確かめる必要があるのだ家庭内崩壊を誘発しないためにもッッッ!!!


「ふぅ……危ない。今日もお兄ちゃんはお兄ちゃんとしての一線を守れたようだ」

「むぅー、それより兄様。美少女シスターを問答無用で退かした行為について文句があります」

「文句を言いたいのは、狼さんに「襲われてください」と言わんばかりの格好で上に乗っかってくる妹の方なんだが!?」


 家族としての関係の危ないラインを平気で越えようとして来るアイリス。

 可愛い妹は兄のぞんざいな態度に、可愛らしく頬を膨らませるのであった。


「兄様」

「ん? なんだ、アイリス? これ以上反論があるなら家族交えて会議を開く必要があるぞ?」

「血は繋がっていないので法的には問題ないと思うのですが、そうではなくて」


 問題しかないように思えるが、アイリスは長い銀髪を纏めながらさり気なく口にした。


「兄様、いつからに入られていたので?」


 ……。

 …………。

 ……………………。


「あ、あっれー……おっかしいなー。夢から覚めたはずなのに夢のお話が現実に現れちゃったぞぅー?」

「兄様、ガッツリ昨日のお話です。ただ昨日は兄様の帰りが遅かったのでネグリジェ姿でお出迎えとお話ができなかっただけです」


 蠱惑的な姿で兄を待つ妹や如何に。


「さぁ、白状してもらいますよ兄様! 兄様が素晴らしいお方だというのはこの世が生まれる前からしっておりますが、流石の私も説明を要求します!」

「ま、待て待て待て、アイリス! 君は勘違いをしている……俺は昨日、一日中娼館でハッスルしていたために、アイリスと遭遇はしていなかったきっと見間違いだ!」


 クロは必死な形相で訴えかける。

 しかし、そんな訴えを受けたアイリスは何故か鼻で笑った。


「私が兄様を間違えると? ハッ、あり得ませんね……兄様の身長から体重、体臭から性癖に至るまで私は網羅しているのですよ?」

「そこまで知られるのは流石に怖いよ」


 体臭と性癖に関しては今すぐにでも忘れてほしいクロであった。


「まぁ、落ち着けってアイリス。本当に君は勘違いしている」


 クロはアイリスの肩に手を置き、今度は諭すように口を開いた。

 ここでアイリスに確信を与えてはいけない。何せ、こんな性格なのだ———自分の兄が実は皆から尊敬される人間だと知れば、すぐさま変な方向に走り出すだろう。

 ことと次第によっては、本当に自堕落ライフが壊滅してしまう恐れがある。

 だからこそ、クロは今までに浮かべたこともない真剣な眼差しをアイリスへ向けた。


「いいか、俺は―――」

「ダウト」

「別に『英雄』なんかじゃ───」

「見苦しいです」

「せめて何かを言わせてくれません!?」


 取り付く島もなかった。


「兄様、私は知っているのです……確かに普段は寝てばかりでロクに公務も政務も行わない噂通りの人間ではありますが、兄様が心優しく、誰かのために行動できる尊敬するお方なのだと」

「いや、俺は別にそんな大層な人間じゃないぞ?」

「いいえ、否定します―――何せ、ではありませんか」


 アイリスは見惚れるような、お淑やかで心の底からの笑顔を浮かべた。


「兄様は私の『英雄ヒーロー』です。これ以上の説得力がありますでしょうか」


 クロはそんな妹の笑顔を見て、思わず押し黙ってしまう。

 それはたとえ家族であっても、女の子として。異性として魅力的な笑顔を向けられたからだろう。

 真っ直ぐと向けられた確信を受けて、クロは少しだけ天を仰ぐ。

 そして———


「あーっ! わーったよ、俺の負けだ!」


 クロは思い切り投げだすかのように大の字になって寝転んだ。


「はいはい、王国魔法士団、第七席をちょうだいしております、クロ・ブライゼルです! これでいいか!?」

「はいっ、隠し事なしになってアイリスは嬉しく思います♪」


 アイリスはネグリジェ姿のまま、クロの腕を枕にするように寝る。

 相変わらずの妹からのスキンシップを受けて少しだけ胸が高鳴ったが、一線を越えるまいと平静を装う。


「でも、絶対に誰にも言うなよ? 自慢話もなしだ。俺はあくまで自堕落な生活をご所望なの」

「ですが、すでに魔法士団に加入していれば任務のせいで自堕落な生活とは程遠いのでは?」

「単に人助けをしやすいから入ってるだけで、積極的に任務を振ってもらっているわけじゃない。そもそも、そういう話で席に座っているだけだからな」

「なるほど、隠し切れない優しさと堕落な性格が上手いこと噛み合った契約内容なのですね」


 好きな時に助け、好きな時に休む。

 ある意味矛盾しているかのように思えるが、それで成立しているので問題はないのだろう。

 アイリスもそれは納得したのか、一人顎に手を当てて考え始める。


「そういうことであれば、私も兄様の意見を尊重しましょう」

「流石だな、アイリス。物分かりがよくて助かったよ」

「父上と母上に話して兄様の評価を上げたうえで私との婚姻を強引に結ぼうとするのも控えましょう」

「本当に物分かりがよくて助かったよ」


 てっきり、発言通りの結果になるかと思っていたが、存外話が通じるようでホッと胸を撫で下ろすクロ。


「つきましては兄様、少し私と取引をしませんか?」

「ん?」


 そして———


「任務を受ける受けないが自由なのであれば……我がアカデミーのになってはいただけないでしょうか?」


 そんなことを、言い始めたのであった。


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