【書籍化決定】堕落希望の公爵家のクズ貴族、妹に最強の魔法士だとバレてアカデミーの教師をさせられる
楓原 こうた【書籍6シリーズ発売中】
プロローグ
王族直轄部隊───王国魔法士団。
魔法の頂きに達した者のみが選ばれ、魔法を学ぶ者であれば誰もが憧れる場所。
その実力は一人一人が戦場をも動かせる実力を持っており、現在人数はたったの十人。
そして、魔法士団の中で唯一素性が分からぬ者が在籍している。
王国魔法士団、第七席───つけられた名は『英雄』。
常に黒いお面で顔を隠し、颯爽と駆けつけては誰かを助けてその場を立ち去る。
それ故に、背丈や扱う魔法でしか情報が得られず……唯一分かっている情報は、成人したばかりぐらいであろう青年であるということ。
名を轟かせた事件で有名なのは、南北で起こった戦争をたった一人の女の子のために解決したことだろう。
人々は彼に憧れ、素性が分からないからこそ惹かれ、助けられた者も多くいることから敬意と尊敬の対象となっていた。
そんな青年の正体だが───
「あーっ、クソ……自分から首を突っ込んだとはいえ、今日も過重労働じゃねぇか」
頬を掻き、少しばかりのため息をつく。
黒いお面に隠された下では面倒くさそうな表情を浮かべているのだが、周囲はそれに気づくことはない。
何せ、そもそもの話……その周囲にいる人間が、すでに気を失っているのだから。
そして、ただ一人まだ気を失わずにいられた男は、もはやお面の下に何があるのか考える余裕もなかった。
「な、なんなんだよ……なんなんだよお前はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッッ!!!」
「喚くなよ、野盗……こっちとら、昨日は妹の買い物に付き合わされて睡眠時間が足りてないんだ。普通に頭に響く」
お面の青年───クロはゆっくりと人の手足が埋まった土塊の上から腰を上げた。
「安心しろって、別に俺はお前らみたいに殺傷を好んでやる
「そういう話じゃないッ!」
「じゃあ、何に対して疑問符浮かべてんだよ? あれか、俺がなんでここにいるかって話なのか?」
人気のない路地裏の中、野盗の男は後ずさるように壁際へと退く。
それは、目の前の惨事を生み出した人間から逃げたいという、生存本能が働いた故の行動だろう。
しかし、弱者を目の前にしてクロは足を止めることはない。
「情状酌量の余地なし。てめぇら、今まで何人攫って何人売ってきた? 俺が足を運ぶ理由なんて、てめぇらが用意しただけだろ」
男は知っている。
クロの羽織っている黒色のローブ……そこに刻まれた鷲の首に突き刺さった紋章を。
それを羽織れるのは、戦場をも動かせる選ばれし者だけだということも。
そして、唯一素性も分からないお面を付けた人間───王国魔法士団、第七席。
この男が、あの『英雄』だということを。
「俺もクズだなんだって言われてるけどなぁ」
クロは男に向かって指を振る。
「てめぇらの方がよっぽどクズだよ……誰かの笑顔を奪うなんて狼藉、牢屋で悔いて改めろ」
すると男は何かを叫ぶ間もなく、一瞬にして土塊の中へと向かってしまった。
顔だけは出ているが、完全に白目を向いてしまっている。
無理もない、隙間もない中に閉じ込められたのだ。生まれる圧迫は意識を保っていられるものではない。
「……さて」
クロは男が気を失ったのを確認すると、ゆっくり背伸びをする。
「久しぶりの過重労働、頑張った者はさっさと布団の中に潜るべきだよなぁ。報告政務諸々後回しでいいだろ」
───ここで改めて、関係者一部の者しか知らない『英雄』の正体をお伝えしておこう。
クロ・ブライゼル。
ブライゼル公爵家の嫡男であり、次期公爵家当主の人間。
年齢は成人手前の十九であり、父と母、義理ではあるが妹が一人。
好きなことは堕落を貪ること。好きな時に寝て好きな時に遊んで好きな時に食べる。
貴族にそぐわない性格をしており、規律や格式よりも己が自由であることを望む人種の類いであった。
それ故に───
「……って、そういうことするから『クズ貴族』なんて言われるんだろうなぁ」
社交界では腫れ物扱い、その悪名を知らぬ者はいない。
公爵家という立場と、十九という貴族の中ではそれなりにいい歳であるにもかかわらず婚約者がいないのは、正に彼の性格と風評のせいである。
街を歩けば噂が立ち、皆に煙たがれる存在。
裏の顔である『英雄』とは、正しく正反対だ。
とはいえ、それを本人は気にしているわけでもなく───
「まぁ、どう呼ばれようが知ったこっちゃないんだけどな」
というより、そう呼ばれていた方が助かる。
魔法士団に加入しているのは、魔法士団の人間のみしか知らない。
素性がバレでもすれば、今まで煙たがっていた色んな人間が押し寄せることになってしまう。
そうなれば、自堕落な生活も離れていくことになるだろう。
自分はあくまで自由に生きたいのだ───魔法士団に加入していることを公にできない以上、「こいつが『英雄』だなんてあり得ない」という状況はあった方がいい。
「さーて、さっさと帰って寝るかなぁ。こんなとこ、アイリスにでも見られたら面倒だし───」
見つかることなんてないと思うが、と。
クロはローブを翻し、誰かが来る前にそそくさと立ち去ろうとする。
すると、
「あ、兄様……?」
そんな声が、背後から聞こえてきたのだ。
(マ、マジで……?)
クロの背中に一瞬にして冷や汗が流れる。
それはもう、体中の水分でも使ってしまうのではないかと思ってしまうほどの汗。
クロは恐る恐る背後を振り返る。
そこには、自分とは似ても似つかない艶やかな銀の長髪をした可愛らしく美しい、学生服を着た少女が薄暗い路地に立っていた。
……えぇ、分かっているとも。
彼女の姿なんて一目見ただけで分かるさ。
(な、なんでアイリスがここにいるんだよ!?)
アイリス・ブライゼル。
ブライゼル公爵家のご息女であり───血の繋がっていないクロの妹である。
そんな少女は、驚くクロを他所にズカズカと近寄ってきた。
「兄様……兄様でございますよねっ!?」
どうしてここに妹がいるのか……というのはひとまず置いておこう───
「そのローブ……まさか、兄様はあの王国魔法士団の人間だったのでしょうか!? それに、この周囲にある土塊は確かあの『英雄』
様の……ハッ! まさか兄様が!?」
それよりも、お面をつけて顔も分からないのに「兄だ」と決めつけて疑わないこの子を説得しなければッッッ!!!
「お、落ち着きなさい……何を勘違いしているか分かりませんが、僕はあなたのお兄様などではありません」
嘘である。
間違いなく見覚えのある顔で声の女の子のお兄様なのだが、クロは口調と声音を変えて知らぬ存ぜぬを貫いた。
しかし───
「はい? わたくしが兄様を間違えるわけなどないではありませんか」
首を傾げ、キッパリと否定された。
「い、いえ……本当にちが───」
「兄様の匂い、兄様の骨格、無理に変えても分かる声音、溢れ出る兄様感……総評して、私の兄様であることは確定です」
こういう子なのは知っていたけど怖いなと、兄様は思った。
「普段はだらしなく堕落し切っておりましたが……私は信じていました! 兄様は素晴らしいお方なのだと!」
アイリスがクロの腕に抱き着き、嬉しそうにはしゃぎ始める。
妹からこのようなことを言われて、嬉しく思わない兄はいない。
ただ、この兄は事情が事情であるからにして───
「えぇい、離せレディー! 可愛い女性がが軽々しく男の腕にしがみつくんじゃありませんっ!」
「兄様だから大丈夫です! さぁさぁ、このまま母上達の下に向かいましょう! 兄様が王国の魔法士団の一員だと知れば、きっとお喜びになられます!」
「よ、喜ばないんじゃないかなぁ……?」
「いいえ、絶対に喜んでくれるはずです! そして、私との結婚も認めてくださるはずです!」
「認めねぇよ!?」
クロは反射的に腕を振るい、一瞬にして距離を取る。
「あっ、兄様っ!」
アイリスが少し悲しげな顔を浮かべる。
クズと呼ばれている自分を慕ってくれる妹のこんな顔など見たくはないが、逆に慕ってくれている部分が仇になっている現状であるからして、胸の痛さをグッと堪える。
(やべぇ、本当に早く撤収しなければ……ッ!)
そして、自身の周りを土のドームで覆う。
すると───
「どっ、せいっ!」
アイリスはすぐさま回し蹴りでドームを壊す。
しかし、そこにはすでにクロの姿はなくて、
「もぅ……兄様ったら」
頬を膨らませて不貞腐れるアイリスの姿だけが、路地裏に残るのであった。
♦️♦️♦️
野盗を捉えた路地裏とは別の路地裏にて。
地面から土のドームが生まれ、そこからローブを羽織ったお面の青年が姿を現す。
そして、その青年はすぐさま近くの木箱へと腰を下ろし、そっと天を仰いだ。
「やっべぇ、バレたー」
今までバレずにやって来れたのに。
妹でなければ気づかれないはずなのに。
見つかってしまったのは、異常に慕ってくれている女の子で───
「これからどうすっかなぁ……」
クロはお面をそっと外して、路地裏で一人嘆くのであった。
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次話は12時過ぎに更新!
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