第10話 お住まいの閑散日対策委員会

「はい! みなさん、お静かに!」


 シン・ザンシャからサインの交渉を終えたソーウ・ムウー総務大臣は、さっさと気持ちを切り替える。


「シン・ザンシャ、座りなさい。みなさんもちゃんと席についてください。誰か、コウウッ・ローセイ厚生労働大臣を椅子に座らせてください」


 ソーウ・ムウー総務大臣の指示に、ザイ・ムウー財務大臣とサン・ギョーウ産業大臣が「よいしょ、よいしょ」と言いながら、ふたりがかりでコウウッ・ローセイを抱え上げて椅子に座らせる。


 鬼牛魔族の厚生労働大臣は、まだガタガタと震えている。


「シン・ザンシャに質問したいことは多々あるとは思いますが、公私混同はいけませんよ。質問は、この後に行われる懇親会でするように!」


 己がサイン交渉をしていたことは棚にあげ、ソーウ・ムウー総務大臣はキリリと眉を釣り上げる。


「それでは、『お住まいの閑散日対策委員会』の第一回会議をはじめたいと思います」

「再開じゃなかったんだ」

「まだ、はじまってなかったんだ」

「そこ! 私語は厳禁ですよ!」


 本格的な問題検討に入る前に、コウウッ・ローセイ厚生労働大臣が震えながら、三十六番目の勇者被害にあった人々に対する補填内容とその必要金額を報告する。


 ザイ・ムウー財務大臣がその後を引き継ぎ、現時点での収支状況を説明し、被害補填後の財源予測を発表する。


 サン・ギョーウ産業大臣が今年度の収入予測と、魔王様不在によって打撃を受ける分野の予測を提示する。


 そして、問題となる観光事業収入に関しては、カン・コーウー観光大臣が現状を詳しく説明する。


 ふざけた雰囲気でスタートした『お住まいの閑散日対策委員会』だが、やるときはやるのである。


 みんな真面目にそれぞれのお仕事をしていた。


 カン・コーウー観光大臣の説明が終了すると、コウウッ・ローセイ厚生労働大臣が発言を求めて挙手する。


「え――っ。イッチバン・エッラーイ大将軍夫人をはじめとする、上位役職の一部のご家族の方々が、今回の各種見舞金の受取辞退を申し出てくださいました。大将軍夫人は、遺族年金まで辞退されると」

「ま、まさか……脅したわけじゃないよな?」


 と言いかけて、いやいや、どちらかというと、コウウッ・ローセイ厚生労働大臣の方が、イッチバン・エッラーイ大将軍夫人に脅されそうだ、と皆は思い直す。


「いえ。辞退を申し出てくださったみなさんは、ご子息がもう成人なさって独立しているので、己ひとりの天寿をまっとうするまでの資金なら、今までのたくわえで十分だとおっしゃっています」

「それは……ありがたい申し出だが、魔王様の決められたルールを破るのは、どうだろうか?」

「大将軍夫人が受け取らなかったとなれば、そのための財源を確保されていた魔王様の政策を否定することになるのでは?」

「それに、それを許したら、他の上位役職の方々が、補填を受け取りづらくなるのではないかな?」


 みんなが難しい顔で考え込む。


「だったら……危険凶悪特殊存在の適応を外した状態の補填をするというのは?」

「それよりも、危険凶悪特殊存在を適応した見舞金だけをお渡しするとか?」

「そうだな。魔王様のお心遣いということで、受け取っていただこう」


 延々と会議は続き、議題は財源の確保へと移っていく。


 魔王様不在の魔王城見学会は閑古鳥状態となっている。

 観光資源が枯渇してしまった。

 

 各種見舞金の受取辞退だけでは解決できない深刻な問題だった。


 名案はでず、迷案ばかりの応酬に誰もが疲れはててしまっていた。


「シンくん! 新人として、なにか意見はないかね?」


 ソーウ・ムウー総務大臣は停滞している会議の空気をかえるべく、会議室のすみっこの方で静かにしていたウサミミ魔族の若者に呼びかける。


「あ! はいっ!」


 ウサミミ魔族の若者がしゃちほこばる。


「発想の転換をすればいいと思います!」

「ほう? それは、どういうことかな?」

「はい。魔王様がご不在なのに、『魔王城見学会』を開催しようとするから、誰も集まらないのだと思います」

「そうだね……」

「ですから、『魔王様ご不在の魔王城見学会』を開催すればいいと思います」


 会議室が静寂に包まれた。

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