第9話 家族調査票

「…………?」


 シン・ザンシャはもちろんだが、他のメンバーもコウ・ホウーの激変にドン引く。

 コウウッ・ローセイ厚生労働大臣は耐え切れずに、机の下に潜り込もうとしたが、自分の身体のほうが大きすぎて潜り込めない。

 床上で身をかがめ、ぷるぷると震えている。


「すごいわ! すごいわ! フゥジョシッ・ザンシャ様のご子息が文官候補として採用されるなんて! これも運命なのね!」


 三つの瞳をキラキラさせながら大喜びするコウ・ホウー。


「あのう……シン・ザンシャのご母堂がどうかされたのですか?」


 ソーウ・ムウー総務大臣が一同を代表して質問する。少しばかり腰が引けていたのは仕方がない。


「え? 総務大臣は、フゥジョシッ・ザンシャ様をご存じない?」


 コウ・ホウー広報大臣の蔑むような、憐れむような視線が、ソーウ・ムウー総務大臣と無反応な大臣たちに注がれる。

 

 ザンシャ家といえば、芸術文化振興に関して理解と造詣が深く、紙業、出版印刷技術を援助している名家であることは、誰もが知っている。

 だが、それは当主のことで、当主夫人についてはよく知らない。


 会議室のいまいちな反応に、今度はコウ・ホウーが吠える。


「な、嘆かわしいわ! かの有名なフゥジョシッ・ザンシャ様をご存じない? それでも、魔王様の側近なの? もしかして、モグリ?」

「なにいっ!」

「言っていいことと悪いことがあるぞ!」

「そ――だ! そ――だ!」


 コウ・ホウーの言葉に、会議室の中が険悪な空気に包まれる。


「いい? よく聞きなさい! 一度しか言わないわよ! フゥジョシッ・ザンシャ様はね……魔王様を称える虹創作にじそうさく界の第一人者! 偉大なるパイオニアにしてリーダー! またの名を……ロエスキー・ド・ロエ!」

「……………………」

「……………………」

「……………………」

「……………………」


 コウ・ホウーの発言に、会議室がしん、と静まり返る。


「ロエスキー・ド・ロエ……だってっぇ!」

「ええええええええっ!」

「な、なんだって――っ!」

「う、噓だぁぁぁっ!」


 広報大臣の発言をようやく理解できた参加者の口から、驚愕の叫び声が次々と湧き上がった。


 会議室は本日で一番の大盛り上がりをみせる。


「あ、あの、虹創作にじそうさく界の重鎮ロエスキー・ド・ロエ先生のご子息だとおっ!」

「シーナ様✕魔王様推しの先駆者……」

「魔王様ファン倶楽部の創始者」

「魔王様への愛を一般化した愛の伝道者」

「モーソー文化を定義した権威」

呼三毛こみけの運営にも携わっているという」

「薄い本を守り広める会の会長!」

「魔王様関連の薄い本のコレクターの第一人者」

「普段使い用、観賞用、保管用の三概念の提唱者」

「たしか、薄い本の御殿を建てたとか?」


 口々に叫びだす大臣たち。


「う、うわ……は、恥ずかしい……」


 母の恥ずかしい偉業を一気に暴露され、シン・ザンシャは両手で顔を隠し、その場に崩れ落ちる。

 恥ずかしくて死にそうだ。

 いや、死ねるものなら、いっそここで死んでしまいたい……とシン・ザンシャは心の中でブツブツと呟く。


「シン・ザンシャ!」


 そんなシン・ザンシャに、ソーウ・ムウーが膝をつき優しく肩を叩く。


「はい? ソーウ・ムウー総務大臣?」


 ソーウ・ムウー総務大臣は穏やかな……穏やかすぎる笑みを浮かべている。


「こういうご家族の大事な情報は、応募書類に漏れなく記載してもらわないと困るよ? わたしたちは魔王様のお側に仕えることを許される側近だよ? 素性はちゃんと明らかにしておかないといけないからね。最低でも三親等の範囲は、きちっと報告してもらわないと困るな」

「……はい?」

「今はね、内部調査班も三十六番目の勇者殿にほぼ全滅でね……調査ができない状態なんだ。家族調査票の精度を見直すようにって、回覧をまわしたはずなんだけど? まだ、キミのところには回ってきていないのかな?」

「は……はい。初耳です」


 どれが大事な情報なのか、シン・ザンシャには全くわからない。

 というか、そんなことまでいちいち記載しないといけないのか!

 と、シン・ザンシャは震えあがる。


 父の事業はともかく、母のやらかしたことなど、多すぎて、どこまでが大事なのかさっぱりわからない。

 暴走した母が毎度、様々なコトをやらかしてオオゴトにしているが、それもダイジナコトとして、申告しないといけないのだろうか?


 シン・ザンシャのつぶらな瞳に涙がたまる。


「それで……だな」


 ソーウ・ムウー総務大臣の声が一段と低くなる。


「はい?」


 どんな無理難題をふっかけられるのか、シン・ザンシャの小さな心臓がバクバクしはじめる。


「ロエスキー・ド・ロエ先生のサインを頂きたいのだが、ひとつお願いできないだろうか? できれば、わたしの名前入りで」

「…………」

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