第7話 『お住まいの閑散日対策委員会』発足

「というわけで……ナイカックゥ・ソーリー宰相がご不在ではありますが、なにぶん緊急事態ですので、ここに対策委員会を発足したいと思います!」


 羊角のある魔族ソーウ・ムウー総務大臣は、「ばーん!」と会議室の黒板を叩く。


 黒板の上部には、大きな横断幕がかかげられていた。

 関係ないが、ものすごく達筆だ。


『お住まいの閑散日対策委員会』


 ……と、なぜか、筆文字で書かれている。

 また、会議室の扉の横には、縦長の木の板に縦書きで『お住まいの閑散日対策委員会対策本部』と書いたものをとりつけている。


 魔王様のお話によると、勇者殿の世界では、難解な連続死亡イベントが発生した場合、このようにして対策室を特別に設けて会議をすると、イベントクリアできる確率がぐっと高まるそうである。


 勇者殿がこちらの世界に召喚されたときも、『勇者様御一行突撃訪問対策チーム』が結成されるのが毎回の伝統となっているので、魔王様がご不在でも手順は心得ている。


「わ――っ」

「まってました――」

「やろう! やろう!」


 パチ……パチッ……パチと拍手がパラパラまばらに沸き起こる。

 その貧相な反応にソーウ・ムウーの眉がぴくりと跳ね上がる。


「嘆かわしいっ!」


 バン! とソーウ・ムウー総務大臣が黒板を叩く。

 もとから盛り上がりにかけていた会議室内が、その音でしんと静まり返る。


「みなさん! 魔王様がご不在で、たるんでいますよ! 気合がたりません! 気持ちが昂らないのはよくわかります。なぜなら、我らの魔王様がいらっしゃらないから! ですが……それとこれは別です!」


 やる気満々、気合十分のソーウ・ムウー総務大臣に、会議室に集められた魔族たちはごくりと生唾を飲み込む。


「なんですかその、降り始めた雨のようなまばらでやる気のない、不吉な拍手は! 深刻な財政難なのですよ? 魔王様が今まで、どれだけ苦労してこの崖っぷちな国を切り盛りされてきたか……みなさんは忘れたというのですか!」


 ぐすっ、ずずっという、鼻をすする音がどこからか聞こえた。


「みなさんは、この深刻な状況を理解しているのですか? 支出ばかりのなかで、観光収入がなくなったら、もう、泣きっ面に蜂。後ろから殴られ、前から刺される状態になってしまうのですよ?」

「そ、それは……」

「赤字大転落です。復興作業と同時に、税収入以外の財源も確保しておかなければ、水道光熱費、月々の各種支払が滞り、魔王城が差し押さえられる可能性もあるのですよ? 魔王城のピンチです! 魔王様のお住まいの存続にかかわる案件です! それなのに……この腑抜け具合! なんという体たらく! この様子をご覧になった魔王様はさぞかしお嘆きになるでしょう!」


 興奮してきたのか、ソーウ・ムウーの目にも涙が溜まってくる。総務大臣の熱い演説はさらに続いた。


「魔王様が復活なさったときに、魔王城が差し押さえられていたら、みなさんはどうするつもりなのですか!」


 ソーウ・ムウー総務大臣のセリフに、参加者たちの間に戦慄が走る。


「そ、そうだ……。この危機をみんなで乗り越えないと……魔王様のオウチがなくなってしまう」


 ぽつりと誰かが呟いた。

 再び、参加者たちの間に戦慄が走る。

 そんなことになったら大変だ!


「魔王城を失った魔王様……」

「住所不定の魔王様……」


 その間抜けな響きに、室内がざわつく。


「魔王様が復活なさったときに、帰るオウチがなくなったら、魔王様が迷子になってしまうのではないでしょうか?」


 ぽつりと誰かが呟いた。

 三度、参加者たちの間に戦慄が走る。

 そんなことになったら大問題だ!


「わたしたちは、今まで魔王様の御慈悲に護られていたのですね!」

「我々の認識が甘かったようです」

「反省しました」

「今こそ、今までのご恩をお返しするとき!」

「やりましょう! ソーウ・ムウー殿!」

「魔王様のオウチを護りましょう!」

「見学者を呼び戻しましょう!」

「やるぞおおおっっ!」


 会議室が一気に盛り上がる。


「みなさん、わかっていただけたようですね」


 ソーウ・ムウー総務大臣は、会議室の燃えるような熱気に満足そうに何度も頷く。


「それでは……改めましてここに『お住まいの閑散日対策委員会』の発足を宣言します!」


 バーン!


 と、ソーウ・ムウーは黒板を叩く。


「おおおおお――っっ!」


 パチパチパチパチパチパチ!

 パチパチパチパチパチパチ!

 パチパチパチパチパチパチ!

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