第5話 遺族年金

「で、キミタチは、魔王様の愛情がこもった『ニッチモサッチモイカナクナッタラ予算』をなにに使った……いや、なにに使うのかな?」


 室温を比喩的に氷点へと下げながら、ソーウ・ムウー総務大臣は情け容赦なく追及する。

 サン産業大臣が差し出したハンカチで涙を拭き取り、鼻を「ちゅーん」とかみおえると、ザイ・ムウー財務大臣は姿勢を正した。


「はい。『ニッチモサッチモイカナクナッタラ予算』は、今回の三十六番目の勇者召喚で被害を受けた国民への補償と復興支援。勇者殿と戦闘したにもかかわらず、奇跡的に生き残った者への褒賞金と危険手当。勇者殿に殺害された者の遺族に支払われる見舞金と、遺族年金に充てられました」

「ん? それって、魔王様が別枠でちゃんと積み立てしてくださっていたよね? それはどうなっちゃったの?」

「それも使い切りました」

「え? 積み立て額って、国家予算十年分くらいになってたよね? それを満額、使っちゃったの?」


 ソーウ・ムウー総務大臣は、ゆっくりと湯呑を執務机の上に戻す。

 彼の机の上はきちんと整理整頓されており、ファンシーな小物たちが殺伐となりがちな風景を、ほっこりとしたものにアレンジしている。


「これは……コウウッ・ローセイ殿に詳しく説明してもらった方がよいのかな?」


 全然、ほっこりしない冷たい口調で、ソーウ・ムウー総務大臣は、鬼牛魔族の厚生労働大臣を探す。

 厳つい体格と強面顔のコウウッ・ローセイ厚生労働大臣は、部屋の隅の柱の陰にひっそりと身を潜めていた。

 隠れているつもりのようだが、残念ながら巨漢すぎて、柱の陰におさまりきっていない。


「コウウッ殿……そんな部屋の隅で隠れてないで、どうしてこうなったのか説明してもらおうか? キミの管轄だよね?」


 柱の陰に避難していた鬼牛魔族は、ガクガクと大きな体を震わせながら姿を現す。


「はい。その……三十六番目の勇者殿ですが……非常に、残忍容赦ない性格だったようで……」

「うん。それは誰もが知ってるよ? 歴代最速ショートカットで魔王様を討伐しちゃったよね?」


 ソーウ総務大臣の『魔王様を討伐』という言葉に一同は悲しげな表情を浮かべ、顔を伏せる。


 ここにいる者……いや、国民全員が優しくて部下想いで、民のことを常に考えている魔王様が大好きだった。


 なにしろ、自分を殺しにやってきた勇者殿にまで敬意を払い、最高のオモテナシをしようと、あれやこれや頑張る健気なおかたである。

 嫌いになんかなれない。

 魔王様を嫌っている者など、この国にはいない。


 仮にそんな不埒な輩がいたとしても、即座に見つけて抹殺……いや、とり囲んで、誠意をもって数日間、魔王様がいかに素晴らしい存在かを懇々と語って聞かせたら、最後は感動の涙を流しながら魔王様を大好きになる。


 それくらい魔王様は民から慕われ、愛されているのだ。


 魔王様は勇者殿に討伐されなければならない。

 魔王様が勇者殿に討伐されないと、世界は救われない。

 魔王様は討伐されても、時をかけて復活する。

 魔王様を討伐できるのは異世界から召喚された勇者殿のみ。

 

 そういう神が定めたいくつかの理不尽なルールによって、この世界は滅びの危機を迎えながらも、滅ぶことなく存続している。


 世界を救っているのは、勇者殿ではなく、魔王様だ!


 魔王様が勇者殿に討伐されるのは必然。

 

 そのルールを潔く受け入れている魔王様は、己が討伐されて復活するまでの『空白の期間』、魔族だけでも王国を維持できるよう、色々と準備をしてくださっているのだ。


 復活なさると、次の討伐後に備えて準備をはじめられるという、とても健気で民を想っている素晴らしい魔王様なのだ。


 『ニッチモサッチモイカナクナッタラ予算』や『モシモノトキハサンコウニシタライイヨマニアール』『コマッタトキハコレヲヨンダライイヨーテキナテビキショ』などを残してくださっているのだ。


 魔王様が復活するには百年から三百年かかる。

 その期間、『ニッチモサッチモイカナクナッタラ予算』や『モシモノトキハサンコウニシタライイヨマニアール』『コマッタトキハコレヲヨンダライイヨーテキナテビキショ』などを使用し、残されたこの国と民、そして、魔王様の居城であるこの魔王城をしっかり護りつづけるのが、生き残った大臣たちの役目である。


「その三十六番目の勇者殿がどうしたんだい?」

「はい。残忍容赦ない勇者殿によって、討伐されてしまった魔族数ですが、調査の結果、歴代最高数になりました」

「え? 最短で魔王城に到達されたというのに、殺された魔族の数が歴代最高? 間違いじゃないの? どうやったらそうなるの?」

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