第4話 ニッチモサッチモイカナクナッタラ予算

 再び、コウ・ホウーの胸がふるるんと揺れた。強さの秘密はこのよい動きを魅せる胸にあるのかもしれない。


「有料広告をなめないでよね! これは当然の結果よ! 費用はただ削ればいいってもんじゃないのよっ! こういうときのための、有料広告よっ!」

「宣伝は根性と誠意で乗り切るもんじゃないのか? 気合が足りないぞ!」

「はん! 寝言は寝てから言いなさい! 金よ! 金! 広告宣伝は金がないとはじまらないの! 金を使わないと、伝わるモンも伝わらないのよ!」

「ぐっ…………」


 言ってはならぬことを言ってしまったようで、コウ・ホウーの怒声に殺気がこもる。ものすごい形相で睨まれて、サン・ギョーウのフサフサ尻尾がくるりんとまるまってしまった。


「根性? 誠意? なんてオメデタイ思考なのかしらね!」


 コウ・ホウーは胸を震わせながら、さらに怒鳴り散らす。


「目をちゃんと見開いて、世の中の現実をみなさいよ。アンタらのお花畑なご都合思考が、この赤字を招いたよ!」

「うっ…………」

「このままだと、来月は参加者ゼロじゃない? 復活なさった魔王様がこの惨状をお知りになったら、どれだけ嘆かれるかしらね! 歴代の大臣たちも草葉の陰であきれ果てているわよ」

「い、言わせておけば!」

 

 狼耳の魔族と三つ目の女魔族の取っ組み合いの喧嘩が今にも始まりそうになったが、「まあ、まあ、まあ」という、魔族らしからぬ穏やかな声が割って入り、ふたりの気勢をそぐ。


「我らの魔王様は、もしものときに使えと『ニッチモサッチモイカナクナッタラ予算』を我々に残してくださっていたはずだが? 緊急事態だ。それを使わせていただくのはどうかな?」

「…………」


 ソーウ・ムウー総務大臣がお茶をすすりながらのほほんとした声で告げる。

 羊角の魔族ソーウの机とその周囲だけが、まるで春の夜のように、ほのぼのほんわりとしている。


 深刻な雰囲気にもかかわらず呑気に茶をすすっている羊角の魔族ソーウ・ムウーは、財務大臣ザイの兄にあたる。

 弟のザイが奇声を発して机に頭をぶつけていたときも、彼だけは自分の席でのんびり茶をすすっていた。


「いえ。それが……あにう……いえ、ソーウ殿、『ニッチモサッチモイカナクナッタラ予算』はもうすでに使い切ってしまいました。いえ、使う予定です」

「え? あれだけの金額を、なにに使うのかな?」


 穏やかな春の夜……の雲行きがいきなり怪しくなる。


「そんな報告あったかな? 困るよ? 勝手にすすめてもらったら。魔王様も常々おっしゃっていたよね? 報告しろ、連絡しろ、相談しろって?」

「あ……すみません。全員に通達したと思っていたのですが」

「ちょっと、それじゃあ困るよ。通達漏れ? 検討委員会は立ち上げた? もしかして、独断決行? ますます、駄目じゃないか?」

「もっ申し訳ありません!」


 ソーウ・ムウー総務大臣は「やれやれ」と大きなため息をつく。

 氷のブレスのような冷たいため息に、その場に居合わせた全員が凍りつく。


「歴代勇者殿語録に載っていたよね。ザイ殿はそれすら暗記できてないの? 魔王様の有名な著書だよ? ベストセラーだよ? ゴメンデスムナラケーサツハイラナイ……って五十四ページ目に書いてあるよね?」

「すみません! 申し訳ありません!」


 ソウショク卿はぷるぷると震えながら、涙顔で謝罪する。

 叫んだり、泣いたりと、ソウショク卿は大忙しだ。

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