アルロと小麦畑
ある日の午前。外は暖かな陽気に包まれている。
「じゃあ行ってくる。」
「行ってらっしゃい!気をつけて!」
アルロはヴァレンティノ、ルッカ、ビアンカに店を任せ、荷車を引き店を後にした。
「行ったな。」
ヴァレンティノは窓からアルロの背中を見送った。
今日はキアーラの畑に小麦粉を取りに行く日。誰が取りに行くかを話し合った結果、ヴァレンティノは用事(葉巻を買いに行く)があると言い、ルッカは腹が痛い(仮病)と言い、結局アルロが一人で取りに行くことになったのだ。
アルロは一頭のんびりと水路沿いの道を進み始めた。水路では観光客を乗せたゴンドラが水面を揺らしている。しばらく水路沿いを進むと農道へ出た。辺りには畑作業をしている人々の姿があり、黄金色の小麦がそよそよと風に揺られている。アルロは鼻歌なんかを歌いながら緩やかな坂を登って行った。
「あ!アルロさん!こっちこっち!」
小麦畑からひょっこり顔を出したキアーラは、赤のチェックシャツにジーパン、金色に輝く髪をポニーテールに結っている。
「おお、お疲れさん。」
アルロは荷車を道路の端に止め、キアーラの方へと足を進めた。
「遠くからありがとう!今袋に詰めるからちょっと待ってね!」
キアーラはアルロを伴って、畑近くに建っている倉庫へと向かった。
「大きな倉庫だな。」
倉庫の中は小麦粉の香ばしい香りが漂っていた。
「ちょっと前に建て直したんだ。ちょっと適当に座って待ってて。」
キアーラはアルロに木製のベンチを勧めた。アルロはああ、と言うがキアーラが力仕事をしないように後ろで見張っている。木製の倉庫は天井が高く、窓から陽の光が入り込みキアーラの小麦色の髪をキラキラと照らした。
「よし、詰め終わった!」」
キアーラが言うや否や、アルロは大きな布袋を担ぎ上げ、外に停めてある荷車に運び始めた。キアーラは軽々と小麦の袋を運ぶアルロの後ろ姿を見て、真似して持とうとするが、びくとも動かない。
「おい、重いもの持つなって言っただろ。腰悪くしたら誰が小麦粉作るんだ?」
アルロは苦戦しているキアーラから布袋を奪うと、肩に担ぎ上げ、荷車に乗せた。
「さすが、力持ちだね!私も鍛えなきゃ!」
キアーラはアルロを見上げ、にっと笑った。
「体の作りが違うんだよ。」
アルロは呆れたように笑った。
「お昼、食べてから帰ってよ。」
荷車に小麦粉の袋を全て積み終わった頃、キアーラはアルロに提案した。
「え?良いのか?」
時刻はちょうどお昼時。そろそろお腹が空いてきたアルロはキアーラの言葉に甘えることにした。
二人は倉庫のある場所から歩いて数分のキアーラの家へと向かった。キアーラの家は赤い三角屋根の大きなお家。
「ただいま!」
キアーラが玄関のドアを開けると、中からエプロンをつけた女性が出てきた。
「あら!どうもアルロさん!うちの娘がお世話になって。ささ、上がってくださいな。」
アルロは小さくどうも、と会釈し、キアーラとその母に促され家の中へと入った。
「おお、君がアルロ君か。さあ、座って座って!いつもうちの娘がお世話になって!娘から毎日のように話を聞いているよ!」
リンビングにはキアーラの父がいた。
「初めまして。」
アルロは挨拶もそこそこになんやかんやと席につかされた。
「娘がね、レストランを経営している白熊のお兄さんたちがいて、そのレストランが…」
「ちょっとお父さん!喋りすぎ!アルロさんが引いてるでしょう!」
話が終わらないキアーラの父を一喝したキアーラ。アルロは苦笑いするしかできなかった。
「アルロさん!遠くからわざわざありがとうございます。さ、食べていってください。」
キアーラの母は大きなバスケットをテーブルの真ん中に置いた。その中にはバケットにカリカリベーコンやチーズ、たっぷりの野菜が挟まったサンドイッチがたくさん入っていた。
「アルロさんは体が大きいって聞いていたもので。」
キアーラの母はにっこりと微笑むと、自身も席につき、三人と大きな一頭はサンドイッチを齧った。
昼食の時間中、キアーラの父はアルロに質問攻め。それにキアーラと母がストップをかけるという流れが続いた。最初はアルロも慣れなかったが、美味しいサンドイッチとキアーラ一家の温かい雰囲気で、アルロは初のお呼ばれご飯を楽しんだのだった。
「お邪魔しました。お昼ごちそうさまでした。」
アルロはキアーラの両親に頭を下げると、キアーラと畑の方に出て行った。
「またいらしてくださいね!」
「気をつけて帰るんだぞ!」
キアーラの両親はアルロに手を振るのだった。
「いいご両親だな。」
アルロは自分の半歩前を行くキアーラに向かって投げかけた。
「そう?ごく普通の一般家庭って感じだと思うけど。」
キアーラがアルロを振り返りながらそう返すと、
「それがいいんじゃねえか。」
と自身の家族との数少ない思い出を心に思い浮かべながら、未だにアルロとキアーラの後ろ姿を見守っているキアーラの両親をちらっと見やった。
「じゃあ、世話になったな。また来月買いにくる。」
アルロは大量の小麦が積まれた荷車に手をかけた。
「その辺まで送るよ。」
キアーラは、荷車の片方の取手を掴み、ぐいーっと引っ張った。しかし、荷車はびくとも動かない。
「…あはは!全然ダメだ。アルロさん、やっぱお願い。」
キアーラは楽しそうに笑うと荷車から手を離し、アルロの少し前を歩き始めた。アルロは黙って荷車を引っ張り、農道をゆっくりと進み始めた。
「それでね!今パンケーキ専用の小麦粉を作ってるところなんだ。」
「へえ、今の小麦粉とはなんか違うのか?」
「うん。焼いた時の香りとか、もちもち感がもっと出るように改良しているんだ。」
「へえ、すごいな。」
アルロとキアーラはなんやかんや話をしながら結局リモーネの近くの水路あたりまで来た。
「あ。おしゃべりしてたらもうこんな所まで…。」
キアーラは辺りを見回し、そしてアルロを見上げ困ったように頭を掻いた。
「店寄ってくか?」
「え!?いいの!?」
アルロの言葉にキアーラは目を輝かせた。
「今帰った。」
「こんにちはー!」
荷車から数個の布袋を抱えたアルロの後ろからキアーラは元気に顔を覗かせた。
「キアーラ!元気だったか?」
ルッカはキアーラの肩をばんと叩いた。
「ルッカさん!私はこの通り元気だよ!みんなは?」
「見ての通りさ。」
ヴァレンティノも奥のソファ席から立ち上がり声をかけた。
「こんにちは!キアーラさん。」
ビアンカは庭の手入れをしていたらしく、ガラス戸から顔を出した。
「何か食べてくか?」
ヴァレンティノは首をぼきぼきと鳴らしながら伸びをすると、キアーラに問いかけた。
「ううん、こっちに来る前に家で昼食済ませてきちゃったんだ。」
キアーラは申し訳なさそうに申し出た。
「そうか。まあ、ゆっくりしてってくれ。」
ヴァレンティノは荷車から小麦粉の袋を店に運び込むアルロとルッカの手伝いに混ざった。キアーラは外でわちゃわちゃと小麦袋を担いでこっちにやってくる三頭の厳つい白熊に視線を移した。
「みんなのお陰で小麦の品種改良に集中できてる。本当にありがとう。」
キアーラは三頭にあらためて礼を言った。
「お互い様だろ。」
「俺たちもあんたの小麦粉に助けられてるんだ。」
ルッカとヴァレンティノはキッチンの棚に小麦の袋を置きながらそう答えた。キアーラは最後の小麦の袋を店に担いでやって来たアルロを振り返った。
「…あ?なんだ?」
アルロは、キアーラのキラキラ輝く瞳を見て、頭にクエスチョンマークを浮かべた。
「ううん。なんでもない。」
キアーラはふふっと笑うと、カウンター席に腰掛けた。
「せっかくだからなんか貰っちゃおうかなー。」
キアーラはメニュー表を広げパラパラと見始め、あるメニューに目が止まった。
「アルロさん。これ一杯お願いします。」
キアーラはあるメニューを指さし、アルロに注文を申し付けた。
「あいよ。」
アルロは一言そう言うと、キッチンへと入りグラスを準備し始めた。
「どうぞ。お嬢さん。」
アルロはキアーラの前にグラスを置いた。
「ありがとう!」
キアーラはグラスの底からシュワシュワと湧き上がる泡をじっと見つめ、ストローに口をつけた。
「そうそう!これだよ!美味しい!」
キアーラはアルロに向かって笑顔で投げかけた。
「そうか。」
アルロは言葉短に答えたが、ちょっと嬉しそうだ。
「前にこの店に呼んでもらった時に飲んでとっても美味しかったから。これ、私のお気に入りなんだ。」
キアーラはカウンターテーブルで頬杖をつきながら黄金に輝くジンジャーレモンソーダをストローでクルクルとかき混ぜた。
「そうか。」
そうか、しか言えなくなってしまったアルロの姿を、ルッカとヴァレンティノはニヤニヤしながら見守っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます