白熊、思い出の味。後編

三頭がキッチンで忙しなく作業している間、ホールではビアンカとマルコが何やら楽しげに話をしている。

「アマルフィにいた時とは別の野郎みたいだな、あいつら。」

「向こうではどんな感じだったんですか?」

ビアンカは問いかけた。

「それはもう散々だったよ。アルロは指示も聞かない尖った特攻野郎だったし、ルッカは撃つなって言った敵をすぐに撃っちまうし。ヴァレンティノは降参してる敵の本拠地を木っ端微塵にしてたなあ。」

マルコは昔を懐かしんでいるが、ビアンカは苦笑いしかできなかった。

「ボス、やめてくださいよ。いつの話してるんですか。」

マルコの声はよく響きキッチンまで聞こえているようで、ルッカは小っ恥ずかしそうにしている。

「まあ、俺にとっちゃ三頭ともまだまだ青二才よ。」

マルコはキッチンで作業する三頭の方へと視線を投げた。


「ボス、お待たせしました。」

三頭は銀のトレーにたくさんの食事と飲み物を乗せてソファ席にやってきた。マルコの前には食前酒のリモンチェッロにワイン、前菜の生ハムとレモンのマリネ、レモンクリームスープ、フォカッチャ、レモンピザなどがずらっと並べられてゆく。

「…お前ら本当にちゃんとシェフなんかやってるんだな。」

マルコはちょっと驚いた。

「…どうぞ。」

ヴァレンティノも、なんだか久しぶりに親に会ったみたいなやりづらさを感じているようだ。

「いただこう。」

マルコは食前酒のリモンチェッロを一気に飲み干した。

「うまいな。」

マルコの言葉にアルロは

「うっす!」

と短く返した。


マルコは出された料理を次々に口へと運ぶ。

「すごいな、ヴァレンティノ。こんなうまい料理作れたなんて知らなかったぞ?」

マルコは側で休めの姿勢で立っているヴァレンティノに投げかけた。

「あの時はまだ、料理は趣味程度だったので…。」

ヴァレンティノは畏まっている。

「お前ら、もう組は解散してんだ。そんな固くならんでいいから座れ。」

マルコはソファを指さしながら三頭に指示した。

「…!」

三頭は目配せすると、静かにソファに座った。

「なんだか、リモーネの本拠地を思い出すな。」

アルロは額の傷を掻きながら、昔を懐かしむように呟いた。ルッカも

「そうだな。」

と笑う。

「ほら、俺一人で食うのもなんだから。」

マルコは三頭とビアンカに料理を勧めた。

「…ありがとうございます。」

「いただきます。」

三頭とビアンカはやや緊張しながらも、ヴァレンティノの手料理を口に運んだ。



「ローマは良い街だったぞ?飯はまあまあだったが美人な姉ちゃん達が多かった。」

「ボス。また女の子達ナンパしてたんじゃないでしょうね?」

「ボスは目を離すとすぐ女の子引っ掛けてたからな。」

「ルッカ、お前もだったろ。」

四頭の白熊たちは酒も回ってきてだんだんと打ち解けてきたようだ。店内には大男達の楽しそうな笑い声が響いている。ビアンカはそんな白熊達の姿に「ファミリー」の暖かさを感じていた。


「そうだ。メインがまだだったな。」

ヴァレンティノは徐に立ち上がると、キッチンから大きな皿を持ってやってきた。

「これは…。」

マルコはその料理を見るなりクツクツと笑った。ルッカとアルロもなんだか嬉しそうにしている。ヴァレンティノが持ってきた料理は、サーモン一匹丸々グリルしたなんとも豪快な料理。

「懐かしいな。」

マルコはサーモンを手に取ると、バキッと頭を外した。それを合図に三頭はふっくら仕上がったサーモンの身を手づかみで食べ始めた。

「…。」

ビアンカは野生でしか見られないと思っていた白熊の鮭捕食シーンを呆然と見ていた。

「昔はよくこうやって、皆でサーモンを食べていたんだ。」

マルコはうまそうにサーモンを頬張りながらビアンカにもサーモンを勧めた。

「いただきます。」

ビアンカは大きなサーモンの切り身にかぶりついた。

「美味しい!!」

ビアンカがリスのように頬を膨らませながら目を輝かせると、マルコは

「そうだろう?」

と嬉しそうにするのだった。


「なあ、お前ら。」

ルッカの用意したレモンのジェラートまでしっかり平らげ、レモンワインを飲んでいたマルコは、急に真面目な顔で話し始めた。三頭の白熊達は食事をやめ、マルコに注目した。

「俺は今のお前らを見て安心した。」

マルコはそう言うと、葉巻を手に取り、スムーズな流れでアルロが火をつける。

「組を解散したあの時お前らを逃したが、正直マフィア上がりの野郎がシャバでうまく生きていけるとは思っていなかった。俺も回復したらまた残ってる奴らを集めてファミリー作るかなんてうっすら考えてもいたが、お前らを見て第二の人生ってのも悪くねえと思った。」

マルコは天井に向かってふうっと煙を吐いた。

「ボス…。」

三頭はマルコを見捨ててしまったような気持ちになって言葉に詰まった。

「俺はローマに住むことにする!」

「え?ローマに?」

マルコの宣言にヴァレンティノは呆気に取られた。確かにマルコは数ヶ月間ローマに住んでいたが、別段知り合いがいるわけでもない。

「ああ、アマルフィにいるジャジャ馬娘が大きな街で診療所を建ててえとか言ってたもんでな。助けてもらった礼にローマの物件やらなんやらを見て回ってたらちょうど良いところがあってな。」

マルコの頭には一生懸命に手当てしてくれたマルタの顔が浮かんでいた。

「え!?じゃあ、そこに一緒に住むんで?」

ルッカも食い気味に尋ねた。

「保護者だ。」

マルコは良いように言い放ったが、実際看病してもらっていた数週間に二人はなんとなく、親子のような、友達のような、そんな関係になっていた。

「まあ、俺も第二の生き方をってとこだな。」

マルコは立ち上がると、徐に店の入り口へと足を進めた。

「金はそこに置いてる。釣りはいらねえぞ。」

三頭がマルコの座っていたソファを見ると、札束が置かれていた。

「こんなに!?」

ルッカはその額に呆気に取られた。

「ボス!もう行くんで?」

ヴァレンティノは慌てて後を追いかける。

「ああ。夜行列車で一度ローマに帰って、その後アマルフィへ向かう予定だ。」

マルコはそのまま水路沿いの道を歩き出した。

「ボス!お達者で!」

「ボス!お気をつけて!」

「ボス!酒飲みすぎないでくださいよ!」

「マルコさん!また遊びに来てください!今度はその女の子と!」


「「「「またのご来店を!!!!!!」」」」

マルコの影は後ろ手に小さく手を挙げた。


ビアンカは三頭を見上げた。三頭はボスの影が見えなくなるまで頭を下げたままだった。

「皆さん、本当にマフィアだったんですね。」

ビアンカの心の声は、本人も気づかないうちに口に出ていたが、三頭は聞こえないふりをしたのだった。





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