白熊、思い出の味。中編

「いやしかし、あの荒くれ者の三頭がレストランやってるとは驚いたぜ。…第二の人生ってやつだな。」

マルコと三頭は奥のソファ席に座って久しぶりの再会を喜んでいる。

「まさか、またボスに会えるなんて思ってもいませんでした。」

ヴァレンティノはマルコの葉巻に火をつけながら投げかけた。

「俺もだよ。あの時はさすがに死んだと思ったからな。」

マルコはふうと煙を吐いた。

「どうして俺たちの居場所が分かったんで?」

アルロは問いかけた。


時を遡って、アマルフィの土地でエピネスと抗争が起きた時、リモーネは本拠地を潰され、ボスであったマルコは敵の銃弾に倒れた。


「…ここは?」

マルコは抗争で倒れた数日後にようやく意識を取り戻した。霞む記憶を辿り、知らない天井に心臓が大きく跳ねる。マルコがガバッと体を起こすと、身体中に包帯が巻かれていた。

「っ痛えな。」

マルコは胸を押さえた。

「…?」

マルコが所持していた武器などは全て取り上げられていた。マルコは状況を把握しようと辺りを見回していると、一人の女性が大量の包帯を持って部屋に入ってきた。

「あ!ちょっと動かないでください?ひどい怪我なんですから。」

マルコは警戒し、その女を睨みつけた。

「あんたは?」

マルコの鋭い声が響いた。

「私はマルタ。獣医師です。たまたま通りかかった道であなたが倒れていたから介抱したのよ。」

「俺の所持品はどこにやった?」

マルコのドスの効いた声が響いた。

「ああ、検査と手当ての邪魔だったので全て回収しましたよ。武器もあって危なかったですし。」

マルタは物怖じせず返すと、マルコに近づいた。

「包帯変えますね。」

「いい。俺はここを出る。世話になった。」

マルコがベッドから降りようとすると、マルタはマルコの腕をガシッと掴んだ。

「…寝ててください?」

マルタの顔は笑っているがオーラが般若のようである。マルコは一瞬怯んだが、

「俺は行くとこがあるんだ!離せ!!」

と負けじと吠える。

「離しません!あなたね!自分がどんだけひどい怪我してるのか自覚してください!!絶対に離しませんからね!!!」

マルタは見た目よりも怪力で、更にぎゅうっとマルコの腕を掴む。

「ってえな!分かった!分かったから離れろ!」

マルコは諦め、包帯を変えてもらうことになった。

「じっとしててくださいよ。」

マルタは釘を刺すと、包帯を解いていった。思いの外、マルコの傷は深く、胸や首、足にも弾痕や傷、打撲跡があった。

「ほーら見てください。こんなに深い傷が!そして銃弾の跡がここにも、ここにも!絶対安静ですからね!」

マルタがこれ見よがしに傷を指し示すと、マルコはうんざりしたようにため息をついた。


それから二週間後、マルタの治療と看病の甲斐あってマルコは退院できることになった。

「世話になったな。」

「本当に無理しないでくださいよ?薬は最後まで飲んでくださいね。それに完治するまでは禁煙、早寝早起きに気をつけて、お風呂は…」

「お前は俺のお袋かよ。」

マルコはうんざりしたようにマルタの話を遮った。マルタは、マルコの言動についてはもう色々と諦めているようだった。


「気をつけてね、ボス。」

マルタは預かっていた所持品をマルコに手渡し、からかった。

「その呼び方やめろ、もう組は解散したんだ。」

マルコは渋い顔をしながら銃やナイフなどを受け取った。



 マルタの診療所を出たマルコは、とりあえずアマルフィを出ることにした。マルコはエピネスの組員からは死んだと思われているため、できるだけアマルフィから離れるのが得策と考えたらしい。

「とりあえずローマでも目指すか。」

マルコは一人列車を乗り継ぎローマを目指した。



マルコはローマに到着すると、一等地のホテルを取り、数ヶ月滞在することにした。さすが元マフィアのボス。金の伝手はあるらしい。


マルコは広いホテルの部屋のテレビでニュースを見ながら朝食をとっていた。

「イタリア最大級の祭り、ベネチアカーニバルが開催されました。今年もベネチアの街は華やかに飾られ、過去最多の参加者を動員しました。」

キャスターがニュースを読み上げ終わると、べネチアカーニバルの一部始終が流れ、仮装をした人々や写真を撮る観光客の姿が映る。

「ベネチアカーニバルか…。」

マルコは呟いた。すると、女性リポーターが仮面を被った参加者に取材をしている場面に切り替わった。

「今日はどちらからいらっしゃったんですか?」

「フランスから。」

「フリッテッレは美味しいですか?」

「レモン味でとっても美味しいです。」

マルコはテレビ画面に注目した。取材を受けている客が食べているフリッテッレの包み紙に「レストラン リモーネ」の文字が一瞬見えた。すると、仮面をつけていて顔までは見えないが、三頭の見覚えのある白熊が広場の近くで売り子なんかをやっている姿がすっぱ抜かれた。

「…あ!?あれはヴァレンティノか!?それにルッカとアルロも。」

マルコは呆気に取られた。三頭は菓子を売りながら小さい子供なんかと写真を撮ったりしている。マルコは今まで見たこともないような三頭の姿をただじっと見つめた。

「リモーネ…生きてたか。」

マルコはくつくつと笑うとカプチーノをすすった。


「…てな経緯があったわけだ。」

マルコは一連の説明を終えると、グラスに注がれた赤ワインをぐいっと煽った。

「そんな偶然があるんですね。」

ビアンカは感心しながらテーブルを拭いたりしている。三頭は当時の抗争の時の光景を思い出して、信じられないというような表情をしている。

「まあ、せっかくベネチアまで来たんだ。閉店後に悪いがお前らの作る料理を食わせてくれよ。」

マルコの言葉に三頭は立ち上がると、

「御意。」

と短く返事を返すと、キッチンへと移動した。ビアンカはなんだか任侠映画でも見ているような気分だった。

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