白熊、思い出の味。前編

 怒涛のベネチアカーニバルも終わり、レストランリモーネにも平穏な日々が戻っていた。

「ちょっと買い出し行ってくる。店頼んでいいか?」

ヴァレンティノはアルロとルッカを連れ立って夕方の市場へと向かった。

「行ってらっしゃい!」

ビアンカは三頭の白熊たちを見送った後、閉店後の片付けを始めた。ビアンカはシンクに溜まっていた食器類を洗い、ゴミを集め、テーブルを拭いた。


その時店のドアが開き、大きな影が眩しい西陽を遮った。

「あれ?もう帰ってきたんですか?」

ビアンカは逆光でよく見えない山のような影に近づき問いかけた。

「ちょっといいか?お嬢さん。」

大きな影は店内へと足を踏み入れる。

「え?」

立っていたのはヴァレンティノでもなければルッカでもアルロでもない。サングラスをかけ、胸の辺りに大きな傷があるいかにもマフィアな感じの白熊だった。しかもルッカよりもガタイが良くでかい。

「えーと…。」

ビアンカは完全にフリーズしてしまった。

「ここに俺みたいなのがいるかい?」

サングラスの白熊はよく響くいい声でビアンカに問いかけた。

「は、はい。今買い出しに出掛けていて。お知り合いですか?」

ビアンカは震える声で尋ねた。

「ああ、ちょっと野暮用でな。あいつら戻って来るまでここで待たせてもらってもいいか?」

サングラスの白熊が尋ねると、ビアンカは彼を奥のソファ席に通した。


「はい、どうぞ。」

ビアンカはとりあえず水とおしぼりを差し出した。

「気が利くなあ。ありがとよ。」

サングラスの白熊はグラスに入った水を一気に飲み干し、ふうと息をついた。そしてビアンカに問いかける。

「君はここのバイトかい?お嬢さん。」

サングラスの白熊はそう問いかけると、葉巻を取り出し火をつけた。

「あ、ビアンカといいます。ここでバイトとして働かせていただいています。」

ビアンカは小さく会釈した。

「そうか。俺はマルコってんだ。あいつらとは古い馴染みでな。でも、君みたいな可愛らしいお嬢さんをバイトに選ぶとは…。あいつら調子に乗ってるな。」

マルコは煙を吐き出しながらクツクツと笑った。


「帰ったぞー。」

ルッカの間の抜けたような声が店内に響いた。

「あ、帰ってきました。お帰りなさーい!」

ビアンカは三頭の元に駆け寄った。三頭は肉や魚、米などたくさんの荷物を抱えてキッチンへと入り、冷蔵庫や棚に食材をしまい始めた。

「あの、皆さんにお客さんが見えていますよ。」

ビアンカは三頭に向かって投げかけた。

「あ?客?誰だ?」

アルロは眉間の皺を深くしながらビアンカに投げかけた。


「おいおい。ボスに挨拶もねえとは。偉くなったなあお前ら。」

渋いハスキーボイスに三頭ははっと息を呑み、後ろを振り返った。マルコは音もなくカウンター席に移動していたらしい。

「…ボ、ボス…?」

ヴァレンティノはようやく声を振り絞った。

「よお。久しぶりだなあ。」

マルコにやっと笑った。

「嘘だろ?ボス?なんで…」

「ボス…生きてたんですか?」

アルロとルッカも信じられないというような感じで目を見開いている。

「ああ、命拾いしてな。お前らに会いにベネチアまで来た。」

マルコの言葉に、三頭は彼の前に跪き、

「ローマから遥々御足労いただきましてありがとうございます、ボス。」

「またボスに会えて光栄です。」

「俺たちのボスはマルコさん一人です。」

と彼を労った。

「やめろ、お前たち。もうファミリーは解散したんだ。」

マルコは葉巻の煙をふうと天井に向かって吐き出した。

マルコの横に立つビアンカは何が起きているのか分からず、その光景を呆然と眺めている。それに気付いたマルコはビアンカに耳打ちした。

「俺たちは元マフィアだ。こいつらは俺の部下ってわけだ。」

マフィアという単語に、ビアンカはびっくりすると同時に、「なるほど」と妙に納得してしまった。


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