リモーネ、カーニバル。 後編
翌日の朝、ビアンカは一人リモーネのキッチンで作業をしていた。
「よし、これで完璧!」
ビアンカが一人キッチンで満足そうにしていると、上の階からのそのそという足音が聞こえてきた。
「あ!?何してんだ?」
降りてきたのはアルロ。今日まで予備日としてリモーネは臨時休業にする事になっていたため、ビアンカがいることに驚いていた。
「おはようございます!ちょっとやりたいことがあって!」
ビアンカは元気いっぱいにそう答えると、家で作っていたらしいお手製の売り子セットを手に取り、
「街で売り歩くのはどうでしょう!?場所が無くても売れますし、売りながらカーニバルも見れます!」
と自信満々に提案した。アルロは寝ぼけた頭で一生懸命に考え、
「あー...いいんじゃねえか?」
と大あくびをした。そのうち上からルッカとヴァレンティノも降りてきて、チームリモーネは『売り子作戦』を実行することになった。
「じゃあ第一弾、行ってまいります!」
ビアンカは今日も今日とて持参した仮面を着け、元気にリモーネを出発した。その後ろをのそのそとアルロが追いかける。ビアンカの作った第一弾のフリッテッレを売りさばいている間にルッカとヴァレンティノが第二弾のフリッテッレを作るという作戦のようだ。
「今日もすごい賑ってますね。」
「そうだな。」
ビアンカとアルロはサンマルコ広場に向かって歩き出した。今日も仮面をつけた人々が行き交い、写真を撮ったりしている。ビアンカとアルロは水路にかかる橋から広場の方を見渡した。
「まるで絵みたいだな。」
アルロは呟いた。
「本当ですね。私もあんな衣装着てみたいです。」
ビアンカは水色と白で統一されたドレスや装飾を身につけた二人組を目で追った。
アルロとビアンカはサンマルコ広場近くの通りまでやってきた。昨日露店を出していた場所にはカフェが出店しており、広々としたテラス席ができていた。カフェのオーナーらしき中年の男はテーブルを拭いていたが、アルロとビアンカの姿を見るなり、はっと息を呑んだ。
「…なんだ?」
アルロはそんな中年のオーナーを怪訝そうに見つめた。
「…ヒッ。」
中年オーナーはそそくさと露店の中へと引っ込んでしまった。アルロとビアンカは頭にクエスチョンマークを浮かべながら店の前を通り過ぎた。
「よし、ボチボチ売り始めるか。」
アルロは持っていた売り子セットを首から下げ、どこに売っていたのかは分からないが、熊耳付きの目だけ覆うタイプの仮面を引っ張り出し装着した。
「いらっしゃいませ。フリッテッレ販売中ですー。」
アルロに続いてビアンカもフリッテッレを売り始めた。
「リモーネの白熊フリッテッレ、期間限定販売中です!いかがですか?」
二人が宣伝を始めると、瞬く間に辺りには人だかりができた。
「レモンのフリッテッレ一つください。」
「こっちにも!」
「ピザ一つ!」
ビアンカの回りにはフリッテッレを買い求める客が列を作り、その対応に追われている。
一方アルロは、
「わあくまさん。」
「くまさんだ!」
「くまさん遊ぼう!」
相変わらず小さい子供にモテるらしく、小さい仮面の妖精さんたちに取り囲まれている。
「レモンのフリッテッレ一つ。それと子供と一緒に写真いいかしら?」
子連れのお母さんから声をかけられ、アルロはフリッテッレを手渡し写真撮影に応じた。それをきっかけに、アルロの前には写真待ちの列まででき始め、ちょっとしたイベント会場のようになってしまった。
一時間ほどが経った頃、ビアンカは持っていたフリッテッレ第一弾を全て売り切り、少し離れたところでフリッテッレを売るアルロの方を見やった。
「…あ、まだやってる。」
アルロは未だ子供だけでなく、観光客や地元の仮装している人々まで多くの人に取り囲まれていた。
「待て、順番だ。おい、押すんじゃねえ。」
「写真いいですか?」
「見て!白熊よ!」
「可愛い!!!」
ビアンカは取り巻きに潜り込み、なんとかアルロに近付いて耳打ちする。
「アルロさん、フリッテッレ売り切りました。どうしますか?」
「悪いな。先に戻っててくれ。」
アルロも一応フリッテッレを売り切っていたようだが、大勢の人に囲まれて身動きが取れないようだ。アルロは双子の女の子を肩に乗せている。
「分かりました。第二弾のフリッテッレ急いで持ってきます。」
ビアンカは足早にリモーネに向かった。
「ただいま戻りました!」
ビアンカがリモーネに戻ってくると、ヴァレンティノとルッカは大量に揚げたフリッテッレの仕上げにとりかかっていた。
「おお、もう売り切れたのか。ん?アルロはどうした?」
ヴァレンティノはトマトソースをタッパーに詰めながら問いかけた。
「それが、アルロさん観光客との写真撮影で身動き取れなくなっちゃって。」
ビアンカの言葉に、二頭はその現場を想像してげんなりした。
「とりあえず、第二弾、第三弾くらいまでは出来上がってるから捌きに行くか。」
ルッカはそう言うと、大きな段ボール箱に出来上がったフリッテッレなどを詰め込み、ヴァレンティノ、ビアンカを伴って街へ取り出した。
「おお。やってるな。」
ヴァレンティノは未だに観光客に取り囲まれているアルロを遠目に観察した。ヴァレンティノが思っているより多くの人が集まっていたのだ。
「今日もすごい人だな。」
ルッカも辺りを見回し、人の多さにうんざりしているようだ。
「…これを利用しない手はないな。」
ヴァレンティノは顎をさすりながら一頭頷きニヤリと笑った。
「レストランリモーネのフリッテッレいかがですかー?」
ビアンカは元気に宣伝を始めた。
「今なら購入者に白熊シェフたちとの写真撮影プレゼントしています!」
「白熊?」
「何かしら?」
聞き慣れないワードに、ビアンカの回りには興味を持った客が集まってきた。
「見て!白熊よ!」
「本物?」
背が高くて目立つ白熊たちの回りには一気に人だかりができた。ヴァレンティノは写真撮影を利用すればさらに話題になると考えたのだ。
「はいチーズ!」
仮面をつけた人々が次々にフリッテッレを購入し、仮面をつけた厳つい白熊たちとの写真撮影を楽しんでいる。三頭とビアンカの回りにはどんどんと人が集まり、最終的には地元のテレビカメラが騒ぎを聞きつけ取材にやってくるまでになった。
「ありがとうございました。本日分は売り切れです!」
ビアンカが声を張り上げた。最後の客がフリッテッレを購入し写真撮影をする頃には、三頭の白熊たちの目は仮面で隠れているが、うまく笑えず口元が引き攣っている。アルロはもはや笑うことも諦めたようだ。
「…」
「…」
「…」
「…」
三頭とビアンカはげっそりしながらサンマルコ広場を後にし、リモーネへと向かった。
「店を出そうが売りあるこうが、結局凄まじかったな。」
ヴァレンティノは葉巻をふかす元気もないらしい。ルッカは小さい子から抱っこをせがまれ肩車をせがまれでボロボロだ。アルロは朝から休憩なしで広場にいたため、重い足を引きずりながらのろのろと歩いている。ビアンカはずっと宣伝をしていたため声がガラガラだ。
「明日からはどうするんですか?」
ビアンカは枯れた声で三頭に尋ねたが、誰からも返事はなかった。そこから三頭と一人は荷車を無言で引きながら帰路についた。
この一件により、レストランリモーネの三頭の白熊の存在はイタリア中に広がり、それによってある白熊をこのベネチアの地に呼び寄せることになるのを、三頭はまだ知らない…。
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