リモーネ、カーニバル。 中編
メイン会場となるサンマルコ広場では、明日からのヴェネチアカーニバルに向けて装飾や露店の準備などが急ピッチで進められていた。
「ビアンカ。それこっちに運んでくれ。」
「はい!」
「ビアンカ。そこポスター貼るからどいてくれ。」
「はい!」
チームレストランリモーネも明日の1日だけ露店営業できることに決まり、開店に向けて大忙しの様子。テントの設営にメニュー表の貼り出し、材料や機材の運び込みと引越し並みの荷物を持って店と広場を往復していた。
「ふう。粗方運び終わったか?」
ルッカは暑そうに手でパタパタと扇ぎながらテントの中を確認した。
「はい。材料も梱包の資材も揃っていますし、大丈夫かと。」
ビアンカも最終チェックをし、そう告げた。
「それにしてもいい場所が空いてたもんだな。」
アルロはテントから程近い水路を眺めながらヴァレンティノに問いかけた。リモーネの出店場所は広場のすぐ近く。ヴァレンティノは椅子に腰掛け葉巻をふかし、
「まあな。」
とだけ返した。
「本当ですね!1日だけだとしても、この辺りは広場からも近くて一等地ですよ!お客さんもきっと集まりますよ!」
ビアンカも興奮気味に話に入ってくるが、ヴァレンティノは葉巻をふかし、うんとかああとか生返事ばかり。ヴァレンティノが他のメンバーに黙って、あの場所に出店が決まっていたカフェのオーナーに圧をかけて1日だけ場所を譲ってもらったのは秘密の話らしい。
翌日の午前7時頃、3頭がひと足先に広場に設置しているテントに向かうと、辺りにはもうちらほらと観光客らしい人々や煌びやかな仮面をつけた人々が見受けられた。
「随分と早いな。」
ヴァレンティノはそう呟くと、テントにかけてあったシートを剥がし開店準備を始めた。今回調理を担当するのはドルチェリーダーのルッカとオーナーヴァレンティノ。アルロとビアンカは宣伝やレジを担当するらしい。
早速ルッカはビニール手袋を手にはめると、大きなボウルに強力粉や卵、砂糖を入れかき混ぜてゆく。
「手慣れてるな。」
横でレジの準備をしていたアルロがルッカの手元を覗きながら小馬鹿にしている。
ルッカは一言、うるせえと返し調理に専念しだした。ルッカは今回の提供メニューがフリッテッレに決まってから何度も試作を重ねてこのレシピを考案したらしい。ルッカは捏ねた生地を半分に分けると、
「ほら、ルッカ様が分けてやる。」
と戯けながら一方をヴァレンティノに渡した。ヴァレンティノは
「まあまあだな。」
と言いながらもその生地を受け取り、ニヤッと笑った。
ルッカはレモンを手に取ると、皮をすりおろし、生地に混ぜ、さらに持っていたレモンを握りつぶした。レモンは跡形もなく潰れ、果肉や汁がぼたぼたと垂れている。さすが怪力。ルッカはさらに香り付けのためのブランデーを少し垂らすと、生地をよく混ぜ、小さく分け始めた。
一方ヴァレンティノは玉ねぎやトマト、バジル、オリーブなどをフライパンで煮立たせている。トマトソースを作っているようだ。そして冷蔵庫から秘密兵器モッツァレラチーズを取り出した。
「おはようございます。わあ、いい香り!」
午前7時半頃、ビアンカが到着した。テント内にはレモンやトマトの爽やかな香りと、フリッテッレを揚げる香ばしい香りが充満していた。
「予定よりも早いが、揚がり次第店を開ける。準備しとけ。」
ヴァレンティノはフリッテッレを揚げながら他のメンバーに指示した。
「はいよー。」
ルッカは冷蔵庫から昨晩冷やしておいたレモンカスタードクリームを取り出しながら返事をした。
数分後、2種類のフリッテッレが出来上がった。
「ビアンカ、店開けるぞ。宣伝は頼んだ。」
ヴァレンティノが指示すると、ビアンカは持参した仮面を着け、宣伝用の看板を掲げながら店の前に立った。
「いらっしゃいませー!レストランリモーネ特別出店!今日だけの期間限定販売『白熊フリッテッレ』販売開始します!」
ビアンカの元気な声が広場近くで響くと、早速仮面の三人組が店にやってきた。仮面の三人組は観光客のようで、手にカーニバルのパンフレットを持っている。
「フリッテッレって確かカーニバルフードだよね!?絶対食べなきゃ!」
「見て!白熊の形してる!可愛い!」
「レモンクリームと…ピザ風だって!どっちにしようかなー!」
仮面の三人組は女性のようだ。
「どちらもオススメですよ。」
ビアンカが客に近寄りすかさず畳み掛ける。
「じゃあ一個ずつ!」
一人の客が注文すると、ルッカとヴァレンティノは動き出した。
ルッカは熊の形に揚がったフリッテッレに小さな穴を開け、レモンカスタードクリームをたっぷりと詰めてゆく。そして、紙でふわっと包み客に手渡した。
「はいよ。レモン一つ。落とさないようにな。」
「ありがとうございます!」
女性客の表情は仮面で読み取れないが、声色は嬉しそうだ。
一方ヴァレンティノは紙コップにトマトソースを注ぎ、その上にモッツァレラチーズ入りの白熊型のフリッテッレを乗せ、仕上げにブラックペッパーを振り小さなピックを刺した。
「はい、血みどろ生首フリッt…」
「ピザ風フリッテッレです。」
ヴァレンティノの地獄ネーミングに被せるように食い気味にビアンカは声を張った。
「あ、ありがとうございます。」
仮面の女性たちは聞いてはいけないものを聞いてしまったと思い、礼を言うとそそくさと店を後にした。
暫くするとメインの広場辺りは多くの人でごった返し、人々が写真を撮ったり、露店のグルメを楽しんだりしている。出店場所も良かったためかリモーネにも華やかな衣装を身に纏った仮面の人々が途切れることなくやってきた。
「レモン二つ!」
「ピザ風一つ。」
「レモンください。」
「三つずつちょうだい!」
リモーネのテントの中では三頭と一人が超絶スピードで店を回す。ビアンカは宣伝係として店の前で客の呼び込みをする予定だったが、次から次に客がやってきてはどんどんと売れてゆくので、結局ルッカとヴァレンティノの手伝いをすることになった。
「全然途切れませんね。」
ビアンカはフリッテッレを揚げながらアルロに耳打ちした。
「これじゃ散策どこじゃねえな。」
アルロもこのカーニバルを楽しみにしていた一頭であった。アルロは小さく舌打ちしてそう返した。
「レモンとピザ風一つずつ。」
レジでカップルと思わしき仮面の二人組が注文を申し付けた。
「はい。6ユーロです。」
アルロが二人に言うと、背の高い方が6ユーロとリンゴを一つ手渡した。
「ん?」
アルロは手の上に置れたリンゴをまじまじと見つめ、仮面の二人に視線を移した。
「お久しぶりです。アルロさん。」
男が挨拶をし、二人が仮面をずらすと見覚えのある顔。
「おお!レオナルドにソフィアじゃねえか!」
アルロが嬉しそうに声を上げる。
「お久しぶりです。すごい人気ですね。さすがリモーネ!」
ソフィアもニコニコとしながら再会を喜んでいる。
「よお、あんたらか。」
調理中のヴァレンティノも忙しなく生地を混ぜながら二人に投げかけた。
「幸せそうにしやがって。」
ルッカもまたニヤニヤしながらレモンを握りつぶす。
「お待たせしました。レモンとピザお一つずつです!」
ビアンカはこの二人とは面識がないが、とりあえず笑顔で品物を手渡した。
「ありがとう。暫くはお忙しいと思いますので、また改めてお伺いしますね。では。」
レオナルドがそう言うと、二人は仲睦まじそうに露店を後にした。三頭は短く手を挙げ、二人を見送ると再び超特急で店を回すのだった。
カーニバルの期間中、リモーネの露店はいつもより長めに営業し、午後7時ごろに店を閉めた。
「…」
「…」
「…」
「…」
三頭と一人は後片付けをする元気も残っておらず完全に燃え尽きていた。辺りでは未だ仮面を被った多くの人々がカーニバルを楽しんでいる。露店では準備していた材料を全て使い切り、数組の客に提供できず閉店となった。
「凄まじいな。」
ヴァレンティノは力無く呟くと、葉巻の煙をボフッと吐き出した。
「でも今日だけですごい儲けだぞ。」
椅子にもたれかかっていたアルロは売上金の入ったレジに視線を投げた。
「1日だけしか場所が借りれなかったのは惜しかったなー。」
ルッカはよく分からない一点を見つめながら棒読みで呟いた。
「カーニバル自体はまだまだだ続きますからね。何かできないですかね。場所がなくても販売できるような…。」
ビアンカはやや疲れた声で三頭に投げかけるが。三頭のおじさんたちはもう限界のようで返事はなかった。結局その日はお祭りムードを楽しむ間もなく機材や畳んだテントを荷車に積み、重い足取りで撤収して行った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます