リモーネ、カーニバル。 前編

 「話には聞いたことあるが、この目で見れる日が来るとはな。」

アルロはふっと笑うと、内心喜びを噛み締めているようだった。

「とにかくすごいんですよ!!豪華!華やか!煌びやか!!」

ある日の閉店作業中、アルロとビアンカは楽しげに話をしている。

「何の話だ?」

ルッカは不思議そうに尋ねた。

「ベネチアカーニバルですよ!」

ビアンカは目を輝かせた。


 三頭の白熊たちが経営するレストランリモーネのあるベネチアでは世界三大祭りの一つである『ベネチアカーニバル』という祭が開催される。その祭は参加者が煌びやかな装飾のついた衣装や仮面を身につけ、素性を隠し交流するというものであるのだが、毎年世界中から大勢の観光客がやってくるという。その祭が来月開催されるということで、街全体が賑わい始めていた。

「祭りの期間中はこの辺りもすごい人でごった返すんですよ。」

「へえ、そうなのか。」

ルッカはあまりピンと来ていないようであった。

「祭りの期間中の二週間は露店が並んだり、レストランも期間限定メニューを出したりと街全体でお祭りムードになるんです。」

ビアンカは熱心に説明する。

「この流れに乗らない手はないです!うちは何をしますか!?」

ビアンカは毎年このベネチアカーニバルをとても楽しみにしているようで俄然やる気満々だ。


「…緊急会議だ!!!」

突然、キッチンで作業をしていたヴァレンティノの声が店内に響いた。



「えー、ではベネチアカーニバルの期間中、リモーネで開催するイベントを考える。何か案がある者は?」

三頭と一人はテーブルを囲んで作戦会議を始めた。

「はい!期間限定メニューを出す!」

ビアンカは勢いよく答えた。

「…ありきたりだな。」

「はい!店内をベネチアカーニバル仕様にする!」

「他の店も同じようにできる。」

「はい!割引券を配る!」

「稼ぎどきの期間にやることじゃねえ。」

ヴァレンティノはイベント事のプランニングに関しては厳しい。ヴァレンティノの指摘にビアンカはしょんもりなってしまった。三頭と一人はうんうんと唸りながら考えるが、なかなかいいアイデアは出ない。

「…何かないですかねえ。」

ビアンカは天井を見上げた。

「アドリアーノでは何をやってたんだ?」

アルロはビアンカに問いかけた。

「アドリアーノではそれこそ期間限定メニューを出したり、店員が仮面被って接客したり…ですかね。」

三頭はため息をついた。

「確かにヴェネチア外からの観光客がメインターゲットだから仮装するのはありっちゃありだが…」

ルッカはどこから持ってきたのかベネチアカーニバルの特集の載った観光雑誌をパラパラとめくりながら呟いた。

「他の店と被るのはうちのオーナーシェフが許さねえぞ。」

アルロも自家製レモンソーダを飲みながら眉間に皺を寄せる。ヴァレンティノは新しい葉巻に火をつけた。


「なあ、ビアンカ。これなんだ?」

ルッカは雑誌のとあるページをビアンカに示しながら問いかけた。

「それはフリッテッレというお菓子です。ベネチアカーニバルの期間中に露店などで売られる甘いドーナツみたいなものですよ。中にクリームが入っているものもあったり。」

「へえ、うまそうだな。」

ドルチェ愛のすごいルッカは興味津々だ。その時、横で話を聞いていたヴァレンティノの耳がひょこっと動いた。

「見せろ。」

ヴァレンティノはルッカの持っている雑誌を取り上げ、フリッテッレの載っているページをしげしげと見つめ、

「…これでいく。」

と一言口にした。

「…?」

アルロ、ルッカ、ビアンカは頭にクエスチョンマークを浮かべている。

「期間限定でフリッテッレをメニューに入れるってことですか?」

ビアンカは問いかけたが、ヴァレンティノは首を横に振った。

「いや、そんなありきたりな作戦じゃ他店に負ける。」

ヴァレンティノはそう答えると葉巻の煙をゆっくりと吐き出した。そしてこう宣言した。

「祭の開催期間中はリモーネを閉めてフリッテッレの露店を出す!」

ヴァレンティノの言葉に一同は言葉を失った。

「リモーネを閉める?本気か?」

アルロは驚いている。

「それにそんなに有名な菓子なら他の店でも作ってるだろうし。いいのか?」

ルッカも乗り気ではない。

「ああ。ここの辺りは祭りの広場から少し離れている。やるなら広場近くを押さえて二週間集中的にやったほうがいい。ただし、他の店と被らない対策をした上で、だ。」

ヴァレンティノは雑誌をめくりながらそう答えた。

「他の店と被らない対策、ですか。それはどんな…?」

ビアンカはヴァレンティノの話の続きを待った。

「ああ、考えてくれ。」

「あ、そこは今からなんですね。」

ビアンカは冷静に突っ込んだ。もうアルロとルッカはこの一連の流れに慣れっこであったので驚きもしなかった。

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