リモーネ、新しい風。後編

「初日にしちゃいい動きだった。お疲れさん。」

ヴァレンティノは閉店後の作業もてきぱきとこなすビアンカに向かって声をかけた。

「ありがとうございます。私もこんなにやりがいがあるのは久しぶりでした。」

ビアンカは楽しそうに笑った。

「一人入るだけでも全然違うな。ありがたいぜ。」

ルッカもテーブルを拭きながらビアンカに投げかけた。

「それにしてもあんたの能力、すごいな。」

アルロはグラスを磨きながら興味深そうに声を上げた。ビアンカは今日三頭が休憩している時間に数点のメニューを調理したが、その味は完全に彼らの作るものと一致していたのだ。

「そんなことは…。」

ビアンカはなんだか歯切れの悪い返事をした。

「ん?どうした?」

アルロはビアンカに問いかける。

「んー、その…。私の能力ってどう頑張っても『模倣』なんですよね。オリジナリティが無いんです。だから、こんなに独創的な料理を作れる皆さんが羨ましいんです!」

ビアンカの言葉を三頭は黙って聞いている。そしてなるほどな、と何度か頷いた。ビアンカはアドリアーノで料理人として働いていたが、これまで商品開発に携わったことはなかった。ビアンカは誰かが考えたメニューをその通りに作ることしかしたことがなく、周りも彼女にそれを求めていたのだ。

「そうか…じゃあ、お前のここでの目標は、」

ヴァレンティノはそこで言葉を一度切り、葉巻の煙をふうっと吐き出し、こう続けた。

「『お前にしか作れないメニューを開発する』だ。」

「私にしか作れないメニュー…。」

ビアンカはバレンティノの言葉を繰り返した。

「そうだ。うちの店ではオリジナリティを重視しているのは確かだ。いわばブランディングだ。」

ヴァレンティノはメニュー冊子をビアンカに手渡し、こう言い放った。

「この店にふさわしいフード、ドリンク、ドルチェを一点ずつ、一カ月後までに作れ。でなきゃ一生他人の真似っこでもしてろ。」

ビアンカは渡されたメニュー冊子を凝視した。そしてビアンカの料理人魂に火がついた。

「必ず…必ず作ってみせます!」

「お前にできるのかー?」

ヴァレンティノは挑発的にビアンカを煽る。


「あーあ。乗せられたわ、あいつ。」

「意外と単純なのな。」

ルッカとアルロは、ヴァレンティノの無茶振りや煽りには慣れっこだったが、新たな被害者が出てしまったことに内心可哀想にと思うのであった。



 ビアンカは現在リモーネで提供しているメニューやアドリアーノで作っていたメニューを紙に書き出し、にらめっこしていた。

「んー。みんなどうやってアイデアを出してるんだろう。」

ビアンカは、リモーネ閉店後にカウンター席に座って頭を悩ませるのが日課になっていた。ビアンカはメニュー表を広げうんうんと唸る。実際、既存のメニューを見ると「この調味料を追加すればいい。」「この材料を変えればもっと美味しくなる。」などのアイデアは出るが、一から考えるとなるとなかなかアイデアは浮かばない。さらに、リモーネで提供されているメニューはブランディングがしっかりとされている。しかし同じような路線で攻めるには面白みがない。

「どうしようかなあ。」

ビアンカは大きく伸びをしながら悩んだ。時刻は23時半。

「あいつ煮詰まってるな。」

「アイデア出しは一番苦手だ。」

アルロとルッカはこっそり階段の影からビアンカを見守っていた。

約束の「一カ月後」まで後二週間と迫っており、ビアンカは焦っていた。


 次の日リモーネは店休日であった。ビアンカの家はリモーネから歩いて5分ほどの、緩やかな坂を少し登った場所にある。この日は快晴。ビアンカはここ最近商品開発のことで頭がいっぱいになっていたので、散歩にでも行こうと考えていた。

時刻は朝9時。市場の近くを通ると、人々の行き交う足音や、威勢の良い声が聞こえてくる。ビアンカは何かヒントがないかとキョロキョロしながら、行くあてもなく散歩を続けた。青果店の前を過ぎ、小麦屋の前を過ぎ、一時間ほどうろうろしたが、ありきたりなアイデアしか浮かんでこない。

「どうしよう。」

ビアンカはちょっと休憩しようと近くのカフェでコーヒーをテイクアウトし、公園へと向かった。

「ふう。」

ビアンカは公園の小さなベンチに腰掛け、コーヒーを啜った。あたりに人の気配はなく、風が木立を揺らすざあざあという音だけが響いている。

「私にしか作れないもの…私にしか見えない景色。」

ビアンカは一人ぶつぶつと呟き空を仰いだ。ただただ雲が流れてゆく様をぼーっと眺め、いよいよ何も良いアイデアが浮かぶことなく、ビアンカは帰路についた。


 その日の夕方頃、ビアンカは洗濯物を干すためにベランダに出た。辺りは夕暮れのオレンジや紫の混ざった美しい色に染まってゆく。その時市場の少し奥の方に、見慣れた白い三頭の背中を認めた。

「ん?あれは…」

ビアンカは洗濯物を干す手を止めて、三頭の後を目で追った。三頭は大きな荷物を抱え、長い影を曳いた山のようにのそのそと動く。途中アルロと思わしき影が、ルッカを小突くのが見えた。

「ふふ。みなさんお揃いで。」

ビアンカはその後ろ姿が可愛く思えてしまって、思わず頬が緩んだ。その時、突然ビアンカの頭に稲妻のような衝撃が走った、ように感じた。

「こ、これだ!!」

ビアンカは叫ぶと、急いで洗濯物を片付けて家の中へと入り、机に向かってガリガリうを何かを描き始めた。




「できました。」

二週間後の閉店作業中、ビアンカは二つのプレートとグラスを持って三頭を呼び出し、自身の開発した料理の発表を始めた。

「まずはフードから。」

ビアンカは三頭の前に一枚のパスタ皿を置いた。

「レモンボロネーゼです。」

ビアンカはさらにプレートとグラスをテーブルに並べてゆく。

「次にドルチェ、レモンミルクフラッペです。そしてドリンクはコーヒーフロートです。」

三頭は目の前に並べられた料理を一品ずつ吟味している。ビアンカは緊張した面持ちで料理の説明を続けた。

「まず、レモンボロネーゼですが、この店の顔であるレモンを使用するためにミートソースではなく、塩やブラックペッパーで味付けをしています。そして、上から削ったチーズを山のように振りかけています。」

ビアンカが小皿にボロネーゼを取りわけ三頭に手渡す。三頭がボロネーゼを口に運ぶと、

「やるなあ。」

「うまいな。」

アルロとルッカはその美味しさを賞賛し、ヴァレンティノは黙って頷いた。ビアンカは一瞬安心したように息をつき、続けた。

「次にドルチェのレモンミルクフラッペは、削ったレモンミルク氷をグラスに高く盛って練乳と蜂蜜レモンをトッピングしています。そしてドリンクはアイスコーヒーに、バニラビーンズをたっぷり使った小さなバニラアイスを3段乗せたアイスコーヒーです。」

三頭はドルチェやコーヒーフロートも次々と味見していく。ヴァレンティノは三品を味見し終えて初めて口を開いた。

「味は結構だ。この商品にはどういうコンセプトが?」

やはりブランディングに誰よりもこだわりがあるのはこの男だ。

「これは…」

ビアンカは緊張しながら口を開いた。三頭の視線がビアンカに集まる。

「皆さんの後ろ姿です!」

ビアンカは笑顔でそう答えた。

「…は?」

三頭は呆気に取られた。

「これはヴァレンティノさん、ルッカさん、アルロさんを後ろから見た時のイメージで作りました。私にしか作れないもの、私にしか見えないものってなんだろうって考えた時に、皆さんの背中があったんです。皆さんの背中は見た目としても山のように高い。それであって私の超えるべき山。それをコンセプトに作りました。これならリモーネのアイデンティティの強い商品としても意味があると思います。」

ビアンカの説明にヴァレンティノはふっと笑った。

「なるほどなあ。」

「これは俺たちには考えつかないメニューだわ。」

アルロとルッカも笑っている。

「名付けて、Mont BlancボロネーゼにMont Blancフラッペ、そしてMont Blancフロートです!」



こうして、レストランリモーネの新メニュー『Mont Blanc(白い山)シリーズ』ができたのであった。

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