白熊、死の接吻。後編

 ビアンカは三頭に連れられて街の警察署に向かった。ビアンカは終始俯いたまま、黙って三頭の後についてゆく。

「はいはい。どうしましたか?」

警察署には頼りなさそうな爺さんが一人。三頭はげんなりして目を見合わせたが、ヴァレンティノはビアンカの肩を掴んで頼りなさげな警察官の前に突き出した。ビアンカはビクッと肩を震わせると、ゆっくりと顔をあげ、警察官の顔を見た。

「おお、あんたは。アドリアーノの料理人さんじゃないか?どうしたんだその怪我。」

警察官はビアンカの顔を知っていたようで、驚いた様子を見せた。ビアンカは涙を堪えながら押し黙り、床を見つめた。

「顔見知りなら話が早え。見ての通りだ。」

ヴァレンティノは淡々と説明した。ビアンカは目を見開き。ヴァレンティノの方を見やった。警察官は三頭とビアンカの顔を見回し、

「まさか…!」

とヴァレンティノを指差して目を見開いた。

「いや、俺じゃねえよ。見かけで判断すんじゃねえ。」

ヴァレンティノは人相が悪い自覚はあるらしい。だが差された爺さんの指を折りたい気持ちだった。

「違います!私が…。私がリモーネのメニューを盗もうとしたんです!それでここに…」

ビアンカは罪悪感からそう白状した。

「…チッ」

アルロは舌打ちし、ビアンカの頭を引っ掴んだ。

「おい…余計なこと言うんじゃねえよ…。」

アルロの怖すぎる顔にビアンカは震えながら黙るしかなかった。

「それが本当だったら、捕まえるべきなのはそのお嬢さんじゃないかい?」

警察官は三頭とビアンカの顔を見て真っ当な意見を述べた。

「このお嬢さんは只の構成員(アソシエイト)。組織を崩すのに捕まえるべきは首領(ドン)だ。違うか?爺さん。」

ヴァレンティノは反論した。

「見てみろよ、痣だらけだ。首領はアドリアーノのオーナーだ。とっとと捕まえてくれ。」

ルッカもイライラした様子で警察官に伝えた。

「え?アドリアーノのオーナーが?あんな優しそうな人が…?」

警察官はアドリアーノのオーナーの顔を思い出して、いやいやと首を振った。

「見てくれに騙されてんじゃねえよ。」

アルロは眉間の皺を深くして警察官に向かって凄んだ。

「若い娘がこんなに酷いやられ方してんのに動けねえのか?正義のお巡りさんよお。」

ルッカはついに警察の爺さんを煽り出した。

しかし警察官の爺さんは渋る。

「しかしなあ、実際問題オーナーに直接事情を聞くことはできても、現行犯じゃないと逮捕はできないんだよ。」

その言葉を聞いてビアンカは顔をあげた。三頭はため息を吐いたり舌打ちしたりしている。

「これだからサツは頼りにならねえ。」

さらにルッカは毒吐いた。


「現行犯なら、逮捕してもらえるんですか?」

ビアンカの質問に、警察官の爺さんは静かに頷いた。

「私が囮になります!なので奴を捕まえてください!お願いします!!」

ビアンカは頭を下げた。

「待て!!お前はすでに殴られすぎてる。バカな真似はやめろ。」

アルロはすかさず反論した。

「でも、ここで止めないと!あいつを調子づかせてしまったのは私の落ち度です。自分がやってしまったことは自分でカタをつけます。」

ビアンカは一歩も引かずにそう言ってのけた。


 次の日、ビアンカはいつも通りアドリアーノに出勤した。相変わらずカプチーノばかり注文が入るが、リモーネのレシピを模倣した料理を出してから、少しばかり客が増えていた。ビアンカはレモンパスタやティラミスの注文受ける度、罪悪感で胸が痛かった。


「くくく。よし、あと数種類メニューをパクれば完璧だな。ついでにあの店ごと潰せねえかな。」

閉店後、アドリアーノのオーナーは今日の売り上げを数えながらほくそ笑んだ。

「オーナーちょっといいですか?」

ビアンカはオーナーに声をかけた。

「あ?なんだ?」

オーナーは酒を飲んでいるらしく、赤ら顔で返事した。

「あの、リモーネのメニューのことなんですが…」

ビアンカがそこまで言うと、オーナーは立ち上がりビアンカの横にやってきた。

「ああ、君がメニューをパクってくれたから売り上げも戻りつつあるよ。明日も頼んだよ。」

オーナーはビアンカの肩に腕を回してきた。

「そのことなんですが、もうそんなことやめてください。」

ビアンカはキッパリと伝えた。

「…あ?」

オーナーの表情が一変した。ビアンカはじっとその顔を睨む。

「もう他のレストランのメニューをパクるのはやめて…」

「俺はオーナーだぞ!?」

オーナーはビアンカが話し終える前に声を上げると、ビアンカの肩をドンと押した。ビアンカはよろけてテーブルに突っ込んだ。オーナーの怒りはまだ収まらず、倒れるビアンカに馬乗りになり罵った。

「この店のオーナーは俺だ。お前なんか今すぐにでもクビにできる。」

ビアンカは負けじとオーナーを睨みつけた。

「あ?なんだその反抗的な目は!」

オーナーは叫ぶと、近くに転がっていたワインの瓶を振りかざした。

「…!!」

ビアンカは目を瞑り、両手で顔を覆った。

「…う゛」

その時、オーナーは瓶を振り上げた状態で膝から崩れ落ちた。

「!?」

ビアンカは何が起きたのか分からなかった。オーナーはアルロに腹を殴られ床で呻き声をあげている。

「大丈夫か?」

ルッカはビアンカに駆け寄り、彼女を抱き起こした。

「証拠とやらはもう十分だろ、爺さん!」

ヴァレンティノは店の入り口の方に向かって叫んだ。そこにようやく追いついた警察官の爺さん。

「婦女暴行の容疑で現行犯逮捕する!」

警察官はそう宣言し、床で悶えるオーナーに手錠をかけた。オーナーは床に倒れながらビアンカを睨み、裏切り者、最低の女などと罵声を口にした。

「あ?やんのかこら。」

アルロはオーナーの胸ぐらを掴み揺さぶった。

「喚くんじゃねえよ、みっともねえ。」

ルッカはビアンカを支えながら、肩をすくめてオーナーを煽った。そしてヴァレンティノ。

「今度うちの従業員泣かせたら、その命はねえと思え。」

「え?」

ビアンカは頭に疑問符を浮かべた。

「お前も被害者ではあるが、れっきとした元構成員(アソシエイト)だ。しっかり罪は償ってもらう。とりあえず明日9時。リモーネに来い。」


こうして念願のバイトを飛び越えて凄腕料理人が仲間になったのであった。

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