白熊、死の接吻。前編
レストランリモーネは今日も元気に営業中。お客さんの入りも上々で、リピーターの客も出てきている。そんな中、三頭の白熊オジたちは熊手不足(?)を感じていた。特に客の多い休日は休む暇もなく閉店まで働き詰めだ。
「まあ、無理じゃあねえが…。」
「せめてもう一人でもいれば違うかもな。」
三頭は話し合って、ついにバイトの募集をかけてみることにした。
アルロは紙に
『バイト募集のお知らせ
勤務内容:ホール、場合によっては調理
時給:相談可能
勤務時間:相談可能
お気軽にお声がけください。』
と書き、店の入り口のドアに貼り出した。
貼り紙を出してから数日。バイト希望の者は一向に現れない。そんな中、ある日の閉店10分前、一人の若い女性がやってきた。その女性はつばのある帽子を目深に被り、外は暖かいのに長袖を着ている。
「いらっしゃいませ。お一人ですか?」
ルッカは女性に問いかける。女性は俯き気味で、はいとだけ呟いた。ルッカは見慣れない女性だと思いながらも、カウンター席に通した。
「こちらへどうぞ。」
ルッカは水とおしぼりを女性の前に置き、キッチンへと戻った。その女性は席についても俯いたままで、その顔はよく見えない。ブロンドの髪はややウェーブのかかったショートヘアで、華奢な白い首筋が少し覗いている。
「ご注文お決まりで?」
数分後、ルッカが女性に尋ねると、
「あ、エスプレッソで。」
とだけ答えた。その後も女性はキッチンで作業する三頭の様子を気にしながら、本を読むようにメニューを読み込み始めた。そして、視線だけ動かすようにして、店内の設備などを確認している。
「おい、あいつなんか変じゃねえか?」
ルッカはエスプレッソを入れるアルロに耳打ちした。アルロは黙ったままカウンターの方を盗み見た。
「落ち着きがねえな。」
アルロは小さな声でそう返した。
「エスプレッソです。」
アルロが女性の背後から静かに近づき、そう告げると女性はビクッと肩を揺らしメニューを閉じた。
「あ、ありがとうございます。」
「他にご注文は?」
アルロが尋ねると、女性は黙って首を振った。
「確かに、何か隠してやがるな。」
アルロは先ほどの女性の様子から不審さを感じ取ったようで、ルッカとすれ違いざまにそう告げた。
女性はエスプレッソの香りを嗅ぎ口に含むと、ワインをテイスティングするかのような仕草を見せた。そして、何度か頷きエスプレッソを一気に飲み干した。
「お会計を。」
女性は入店してからものの数分で店を後にした。
その二日後、その女性は再び店に現れた。時刻は13時30分。
「レモンパスタのセットとティラミスを。」
女性は前回と同じようにカウンター席に通され、アルロに注文を申し付けた。アルロは少し警戒しながらも、オーダーを取るとキッチンへと引っ込んだ。料理を待つ間、その女性は三頭にバレないようにキョロキョロと辺りを見回し、何かを確認しているようであった。
「レモンパスタのセットです。」
ヴァレンティノがカウンターの前からトレーを渡す。
「ありがとうございます。」
女性は俯き気味のままトレーを受け取ると、小さな声で礼を言った。ヴァレンティノもその様子をやや不審に思っていた。女性はレモンパスタの麺やソース、ティラミスの食感などを逐一チェックしているようであった。
「お会計を。」
14時頃に女性はパスタとティラミスを食べ終えると、そそくさと帰って行くのであった。
「何を企んでやがる?あの女。」
その日の閉店後、アルロは例の女性について不信感を募らせていた。
「アルロがそう思うってことは何かあるんだろうな。」
ルッカが洗い終えたプレートを拭きながら答えた。アルロは仲間内の裏切りや敵のスパイを見破る能力に長けていた。
「あいつ、また来ると思うぞ。」
アルロは店の入り口の方を見やった。
さらにその二日後、例の女性は閉店直前に再びやって来た。相変わらず不審者感MAXの帽子に暑そうな長袖。
「いらっしゃいませ。こちらへどうぞ。」
ヴァレンティノは紳士的に彼女を出迎えた。
「レモンソーダ一つ。」
女性は席につくなり、俯きながらヴァレンティノに注文を申し付けた。
「かしこまりました。」
ヴァレンティノは微笑みながらそう返したが、目は笑っていない。
「レモンソーダです。ごゆっくり。」
アルロが彼女の前にグラスを置くと、その女性は軽く会釈をした。アルロはわざと時間をかけて領収書を置いた。その間彼女はドリンクに手をつけなかった。ようやくアルロが背を向けたとき、初めてグラスを手に取った。例のごとく彼女はまず香りを嗅ぎ、テイスティングするように吟味する。数分もしないうちにその女性はソーダを飲み終え、会計をして帰ってゆく。
「何が目的なんだ?」
ルッカは怪訝そうに二頭に問いかけた。
「さあな。」
ヴァレンティノもアルロも眉間に皺を寄せながら足早に去ってゆく彼女の背中を見送った。
そんな中、三頭はとある客からある話を耳にした。なんと、この店で出しているメニューとそっくりな料理を別のレストランで食べたと言うのだ。
「確か、レモンのパスタとレモンのティラミスと…レモンソーダだったかな。味も似てたよ!店の名前は『アドリアーノ』だったかな。」
三頭は互いに顔を見合わせた。
「アドリアーノ…って言ったら。」
ルッカは顎をさすりながら何かを思い出した。
「俺たちのライバル店だな。」
ヴァレンティノはそう呟いた。アドリアーノという名前には三頭とも心当たりがあった。ヴァレンティノがこの街の主婦層が多く集まるカフェ店のリストにその名前は書いてあったのだ。その時、入り口のドアが開いた。ヴァレンティノは瞬時にその人物を見るなり目を光らせた。
「いらっしゃいませ。こちらへどうぞ。」
そこには帽子を目深に被った例の女性が立っていた。アルロとルッカも目配せすると、キッチンへと戻っていった。
「ご注文お決まりですか?」
ヴァレンティノはいつものように問いかける。
「レモンピザを。」
女性は視線を合わせないようにしながら即答した。
「お気をつけて。またのお越しを!」
三頭は食事と会計を済ませた女性を店先まで見送った。女性は小さく会釈すると、足早に店から離れていく。女性が一つ目の角を曲がったところでヴァレンティノは口を開いた。
「アルロ。尾行しろ。」
アルロは静かに女性の後を追った。女性は辺りを気にしながら早足で水路沿いの道を通ってゆく。アルロは女性の視界に入らないように注意しながら後を追う。しばらくした後、女性はある建物の前で足を止めた。そして、周囲をキョロキョロと見回し、その建物の中に入っていった。
「ここは…。」
アルロはその建物を見て、全てを理解した。
「黒だった。」
アルロはリモーネに帰り着くと二頭にそう伝えた。
「なるほどな。やってくれるじゃねえか。」
ヴァレンティノは冷たい目で彼女が座っていたカウンター席を睨みつけた。
「とっ捕まえて尋問だ。」
ルッカは指をぼきぼきと鳴らしながら唸った。
その日の22時頃、三頭はアドリアーノへやってきた。しばらくすると、例の女性が閉店作業を終えて入り口から出てきた。店のシャッターを閉め帰ろうとした時、
「こんばんは、お嬢さん。」
ヴァレンティノが声をかける。その姿を見て女性は顔を青くした。
「あ…。」
女性は驚きと恐怖で声が出ない。女性は三方向を厳つい白熊に囲まれてしまった。
「ちょっとうちの店まで来てもらおうか。」
アルロも眉間の皺を深くしながら凄んだ。
「は、はい。」
女性はなんとか返事をすると、三頭に連れられて闇夜へと消えていった。
「やってくれたな。」
アルロは女性を店の中に押し込みながら言い放った。
「姑息な真似を。堂々と真正面からきやがれってんだ。」
ルッカも近くの椅子に座り、ため息混じりに睨みを効かせる。その時、その女性の顔や腕に目がいった。
「なんだ?これ…。」
女性の腕には多くの痣があり、目は殴られたように痛々しく腫れていた。ルッカは椅子から立ち上がると女性の腕を掴んだ。
「…痛っ。」
女性は小さく漏らした。
「名前は?」
その時ドアにもたれかかるヴァレンティノは葉巻を吸いながら女性に問いかけた。女性はヴァレンティノの方へ視線を動かした。暫くの沈黙の後、
「…ビアンカ。」
女性はそう呟いた。
「ではビアンカ。誰の指示でこんな真似を?」
ヴァレンティノは抑揚のない声で問いかけた。
「…。」
ビアンカは俯いたまま黙っている。
「では質問を変えよう。誰に殴られた?」
ヴァレンティノの言葉にビアンカははっと息を飲むと、悔しそうに下唇を噛んだ。
「…ごめんなさい。警察にでもなんでも行きます。オーナーに逆らえなかったんです。」
ビアンカは肩を震わせながら話し出した。
ビアンカが務めるレストラン『アドリアーノ』は老舗のイタリア料理店だ。人当たりのいいオーナーシェフの作る料理は非常に人気であった。しかし、数ヶ月前に前オーナーが病気で亡くなり、その息子の現オーナーが店を継いだ。しかし横着であった現オーナーはなかなか料理の腕が上がらず段々と客は減っていき、来る客もカプチーノしか注文しなくなった。そこに三頭の経営するレストランリモーネができる。アドリアーノの売り上げはさらに悪化する一方。そこで、前オーナーが健在の時から料理人として働いていたビアンカにリモーネで食事をするように指示した。ビアンカには一度食べた料理の味を再現できるという特殊能力があったのだ。現オーナーは彼女の能力を利用して、メニューをパクらせようとした、というのが一連の流れであった。
「なんて野郎だ。」
ルッカは吐き捨てた。しかし彼女の話は終わらなかった。
アドリアーノのオーナーは彼女がリモーネから帰って来た後に、リモーネの様子や店内の設備、メニュー再現に必要な材料などを事細かく聞き出した。初めのうちは横暴なオーナーに逆らえずコーヒー豆の炒り方や原産国なども的中させていた。しかし、やはり彼女にも良心や料理人としてのプライドがある。彼女は意を決してオーナーにパクリはやめろと伝えた。そして殴る、蹴るの暴行を受けたのだった。
「私は料理人として失格です。」
ビアンカは悔しそうに涙を堪えている。三頭は黙ってビアンカの話を聞いていた。そんな中アルロが口を開いた。
「あんたが最初じゃなさそうだな。」
その言葉にビアンカは頷いた。
「はい。前にもバイトの子に対して暴力事件をおこしています。しかしあいつは外面だけはいいですし、用意周到なので証拠不十分で厳重注意だけで終わってしまったんです。バイトの子は泣き寝入りして店をやめてしまいました。」
ビアンカの言葉にアルロは舌打ちした。ヴァレンティノは葉巻の煙を深く吐いて一言。
「サツ行くぞ。」
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