白熊とお嬢ちゃん 後編
アンナは ヴァレンティノのお子様プレート(仮)を綺麗に平らげて、キッチンで作業を続ける厳つい三頭とおしゃべりしていた。
「ほお。ここに来る前はフィレンツェにいたのか。」
「いいな。芸術の街だな。」
「フィレンツェか。行ったことねえな。」
アンナはフィレンツェの街で芸術家の父親と二人でヴェネチアに来たこと、お絵描きが好きなこと、など色々話をした。しかし、一向に父親は現れない。アルロはアンナの気を紛らわそうと紙とペンを渡した。
「絵が好きならこれになんか描いてみろ。」
アルロの言葉に、絵が好きなアンナは嬉しそうに頷くと、ペンを走らせ始めた。集中して絵を描き始めたことを確認し、アルロとルッカはキッチンで作業の仕上げに取りかかった。
暫くして、黙々とペンを走らせるアンナの前で、ルッカとアルロが声を上げた。
「すごいな。」
「おお、上手だな!」
二頭の言葉にアンナは顔を上げ、嬉しそうに微笑んだ。そんなアンナの目の前に一つのプレートとマグカップが置かれた。
「ちょっと休憩したらどうだ。」
ルッカがそう声をかけると、
「わあ!!!」
アンナはそのプレートを見るなり嬉しそうに声を上げた。そのプレートには、レモンジェラートと小さく切られたタルト、そして新作のティラミスが少しずつ盛られていた。そしてマグカップにはホットチョコレートと、そこにぷかぷかと浮かぶ白熊のクリーム。
「ドルチェだ!くまさんだ!可愛い!」
アンナは目を輝かせ、どれから食べようか迷っている。
「食って感想を聞かせてくれ。」
ルッカがやや緊張したように伝えると、アンナは嬉しそうにスプーンを手に取ると、まずはジェラートを口に運んだ。
「冷たくて美味しい!」
次にレモンタルトを口に頬張る。アンナは顔を綻ばせながらもぐもぐと食べ続ける。
最後にアンナは新作のティラミスに手を伸ばした。アンナがスプーンを口に運ぶと、
「美味しい!アンナこれが一番好き!」
と声を上げ、ルッカの顔を見上げた。
「おお、そうか。」
ルッカはちょっと嬉しそうに頭をぽりぽりと掻いた。アンナは残りのティラミスもぺろっと平らげた。しかし、突然動きが止まったアンナ。不思議に思ったルッカがその手元を見ると、くまちゃんの泳ぐホットチョコレートががっしりと握られて、それを凝視している。
「どうした?」
ルッカが問いかける。
「くまさん。飲むのかわいそう。」
アンナは真剣に悩んでいる様子であった。
「ぶっ。」
その様子を見守っていたアルロが吹き出した。アンナはマグカップを握ったままアルロを見上げた。
「冷めないうちに飲んじまったほうがいい。」
アルロはそう伝えるがアンナはきゅっと口を結び、マグカップのくまちゃんをじっと見つめている。
「かわいすぎるのも考えもんだな。」
アルロはそう呟き、ルッカはアンナを見てふっと笑った。
「ごめんねくまちゃん。」
アンナはそう呟くと、ゆっくりとマグカップに口をつけた。
「…!美味しい!!」
アンナは声を上げた。アンナの口の周りには先ほどまでくまちゃんだったクリームがたっぷりと付いていた。
「口、汚れてるぞ。」
アルロはアンナにペーパーナプキンを手渡した。
「あ…。ありがとう。」
アンナはちょっと恥ずかしそうにそれを受け取ると残りのホットチョコレートを飲み干してから口の周りを拭いた。そして、三頭に向かって
「ごちそうさまでした。とっても美味しかった!!」
と礼を言うのだった。
「いいってことよ。こっちとしても貴重な意見をもらえた。」
ソファで寛いでいたヴァレンティノはそう伝えたが、アンナの頭にはクエスチョンマークが飛んでいるようであった。
一通りのメニューを食べ終えてから数十分。
「遅えな。親父は何やってるんだ?」
ルッカは時計を見ながら小さく呟いた。いまだにアンナの父親はこの店にたどり着かない。アンナは再び紙とペンを使って一生懸命に何かを描いている。その時、ルッカは店のドアの方に数名の男が集まっているのが見えた。
「お?来たか?」
ルッカがドアの方に近づこうとした瞬間、店のドアがバンと開いた。
「娘を返せえええええ!!!!」
そこには細身で眼鏡をかけた男と、数名の町民らしき人物が農具などを持って構えている。三頭はポカンとした。
「娘はどこだ!」
再び眼鏡の男が焦った様子で叫んだ。
「おい、待て。何事だ。」
ルッカが対応しようと近づくと、男たちはぎゅっと武器を握り直した。
「女の子を攫った犯人はお前たちだろ!見ていた人がたくさんいるんだ!早く差し出せ!」
町民の男が声を上げた。その時、
「パパ?」
カウンター席でお絵描きをしていたアンナが、ルッカの後ろからひょっこりと顔を出した。
「アンナ!!」
眼鏡の男は農具を捨てると、ルッカの脇を通りアンナの元まで駆け寄った。
「アンナ!無事だったか!よかった。心配したんだ。」
アンナの父親はアンナを抱きしめた。その様子を見てアルロとルッカは、さっと ヴァレンティノに駆け寄った。
「おい、お前ちゃんと「迷子を保護している」って伝えたのか?」
「誘拐犯だと思われてるじゃねえか。」
「これだからお前は…。いつも説明が足りない。」
「どうすんだよこれ。」
二頭は口々にヴァレンティノに詰め寄ったが、ヴァレンティノはさあなと肩をすくめるだけ。
「もお、パパったらどこに行ってたの?くまさんたちが助けてくれなかったらアンナ大変だったよ?」
アンナは父親に向かって口を尖らせた。
「え?助けてくれた?」
父親は不思議そうにアンナの顔と三頭の厳つい白熊の顔を見比べた。アンナは三頭の近くまでちょこちょこと駆け寄り、
「そうだよ。アンナが迷子になってたところを助けてくれたの。美味しいご飯まで食べさせてくれたんだよ。」
と、三頭の代わりに説明してくれた。
「大変!申し訳ありませんでしたあ!!!!」
ことの経緯を詳しく聞いた父親は、深々と頭を下げ三頭に謝罪した。町民たちもなんだとぶつぶつ言いながら退散していった。
「いや、こいつもちゃんと説明せずに連れて来ちまったから。」
「すんません。」
ルッカとアルロは ヴァレンティノを突きながら謝った。なんでも父親は元々方向音痴で、土地勘のない場所で娘とはぐれ、あちこち探しているうちに市場から離れてしまったらしい。ようやく市場のあたりに戻って来たと思ったら、厳つい大男に少女が連れ去られたという目撃情報が多数。そして、事情を知る商店の店主が、
「この店で女の子を預かっているって言ってたよ。」
と地図を渡しながら一言。これによって少女奪還のための部隊を編成し乗り込むことになったのだとか。三頭はため息をついた。
「…本当に申し訳ない!!」
父親は申し訳なさそうに謝罪を続けた。
「いいんだ。気にしないでくれ。」
ヴァレんンティノは父親に向かってそう返した。
「本当にありがとうございました。お代はおいくらでしょうか。」
父親はアンナを連れ立って店のドアの前で財布を取り出し問いかけた。
「お代はいい。来週にはこの店もオープンする。飯食いにきてくれ。」
ヴァレンティノは父親にそう告げた。
「え、いいんですか!?何から何まで。ありがとうございました。必ず食べに行きます!!」
父親は頭を下げた。ルッカは
「良かったな。もうはぐれるんじゃねえぞ。」
とアンナの頭を撫でた。アルロはその横で小さく手を上げた。すると、アンナは何かを思い出したかのようにあっと声を上げ、三頭に近づいた。
「これ。あげる。」
アンナがアルロに一枚の紙を手渡した。そしてアンナは一頭ずつハグをすると
「バイバイ。」
と、父親に手を引かれて店を後にした。
「何もらったんだ?」
ルッカがその手元を覗き込むと、今日食べた料理や三頭の似顔絵が描かれており、一番上には「くまさん、ありがとう。」の文字。
「あいつ…。」
ルッカはなんだか嬉しい気持ちと、自分よりも遥かに上手なイラストになんとも言えない気持ちになった。
「ほぉ、上手じゃねぇか。」
後ろからひょっこり覗きに来たヴァレンティノも感心したように声を上げた。
こうして、ルッカの新ドルチェ「しろくまティラミス」の上に振りかけるココアパウダーは、アンナが描いた三頭の似顔絵の柄が採用される事になったのだった。
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