白熊と檸檬の木

 レストランリモーネ本格オープンまで残り数日となった日の午前中、三頭は店の大きなガラス戸から繋がる小さな庭を囲んで会議中。その庭には大きな木が数本と、何も植えられていない寂しげな花壇がある。庭はしばらく手入れされていなかったようで、雑草が伸び放題であった。

「ここを片付けちまえばテラス席もできそうだな。」

ヴァレンティノは二頭にそう投げかけ、協力して庭の清掃を始めた。

「よっこらしょっと。」

ルッカとアルロは大きな体を丸めながらぶちぶちと雑草をむしり取ってゆく。ヴァレンティノは大きなゴミ袋を持って雑草の山を詰め込んでゆく。


 各々が無言で小一時間くらい清掃をした頃。

「…だあ!!腰痛え。」

「…限界。」

アルロは大きく腰を後ろに反らせながら伸びをし、ルッカは腰をどんどんと叩いた。

「あらかたよさそうだな。テーブル運ぶぞ。手伝え。」

ヴァレンティノは店内から木製のテーブルと椅子を一組運びながら、そう二頭に指示した。二頭は店内から椅子やテーブル、カゴなどをいくつか運び出すと、数組の席を設営し、木陰のある涼しげなテラス席が完成した。

「おお、いいじゃねえか。」

ルッカは満足げに呟いた。

「席数も増やせて、話題にもなる。」

ヴァレンティノも頷いた。


その時、店の入り口で誰かが呼びかける声が聞こえた。

「すみません!どなたかいらっしゃいませんか?」

その声に、アルロは耳をひょこひょこと動かし、店の入り口の方を見やる。

「誰だ?」

アルロは体についた土埃をぱっぱと払うと、庭を抜けて店の入り口へと向かった。


「よお。あんたは。」

そこにはアンナと、その父親が布袋を三つ積んだ荷車を引いて立っていた。

「あ!くまさんこんにちは!」

アンナは元気に挨拶する。

「ああ、先日はどうもありがとうございました。」

アンナの父親も物腰柔らかな態度で挨拶した。

「どうかしたのか?」

アルロは投げかけた。

「いえね、先日のお礼と言ってはなんなんですが、よかったらこれもらってください。」

アンナの父親は荷車ごとその荷物をアルロに渡した。

「あ?なんだこれ?」

アルロは不審な目でその布袋に視線を落とす。

「助けていただいたあの日から、アンナがこれを渡すんだって聞かなくて。」

非力な彼にはちょっと重かったのか、アンナの父親はふうと額の汗を拭った。

「そうなの!このお店には絶対これがいると思ったの!」

アンナは得意げだ。

「おっといけない!商談の時間だ!荷車はまた取りに来るので外にでも置いておいてください。では!」

アンナの父親が慌てたようにそう告げると、二人は足早に店を後にしたのだった。

「…おい!ちょっと…!」

荷車を渡されたまま取り残されたアルロは声を上げたが、どんどんと二人の姿は小さくなっていた。


「誰だった?…なんだソレ?」

ルッカは、荷車を引いて帰ってきたアルロに目を丸くしながらそう投げかけた。

「アンナとその親父さん。なんかもらった。」

アルロは布袋を軽々と抱えて、庭の中央に下ろした。

「死体か?」

ヴァレンティノは投げかけた。

「いや、違うだろ。」

ルッカは突っ込んだ。アルロがその布袋を開けると、そこには木の苗が入っていた。

「なんだこれ?」

ルッカは声を上げた。

「レモンの木…だな。」

アルロは木に結びつけられた小さな紙を読みながらそう伝えた。

「レモンの木だ!?」

ルッカは目を丸くした。

「アンナが俺たちに渡したかったらしい。」

アルロは残りの二つの布袋も運びながらそう伝えた。

「アンナがなあ…。ちょうどいい。庭にでも埋めとけ。」

ヴァレンティノは寂しそうにしている花壇を指さしながら指示した。


 こうして、後に『リモーネの庭』と言われるようになるテラス席ができたのであった。

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