白熊と平日。
プレオープン一日目、二日目を無事に終えた三頭は、少しずつではあるが業務にも慣れ始めていた。この二日間は休日であったため家族連れ、カップルからお年寄りまで幅広い年齢の人がリモーネに集まり開店から閉店まで賑わいを見せた。
「客の入りもまあまあ。この調子で明日までいくぞ。」
ヴァレンティノは、閉店後のカウンターで売上金を数えながら二頭に投げかけた。ルッカはキッチンで皿洗い、アルロはホールの清掃をしながらあいよと答えた。
プレオープン最終日。
「時間だ、開けるぞ。」
アルロは入り口の窓にかかるロールカーテンの紐に指を引っ掛けながら二頭に投げかけた。二頭はソファから立ち上がると、アルロの近くまでやってきた。
「気合い入れていくぞ。」
ヴァレンティノの合図とともにアルロが紐を引っ張った。そしてドアを開け
「いらっしゃいま…せ。」
アルロは一瞬固まった。
「…おいどうした?」
後ろにいたルッカが小声で問いかける。アルロはルッカの方をちらっと見やり、何事もなかったかのように、ドアの表示を「open」に変えた。ヴァレンティノは二頭の横を通りすぎ、
「なるほどな。」
と若干苦笑しながら小さく呟くと、
「では先頭のお客様から。こちらへ。」
といつものように接客を始めた。二頭の不可解な言動を不思議に思ったルッカは、客の列に目をやり唖然とした。
時刻は16時。最後の客がようやく立ち上がり会計を済ませ帰路についた。
「またのお越しを!」
三頭は例の如くお見送りを終え、店を閉めた。
「はあーーーー。」
アルロは長いため息をつくとソファにダイブし動かなくなった。ルッカやヴァレンティノもここ三日間の中で一番げっそりとしていた。
「これがずっと続くのか?地獄じゃねえか。」
ルッカは頭を抱えて毒吐いた。
「読みが外れたな。」
ヴァレンティノは葉巻を吹かしながらそう漏らした。
プレオープン三日目は平日。三頭は当初から狙っていた主婦層が来ると期待して店をオープンさせた。しかし、実際に並んでいたのは婦人や紳士…と言うよりもじいちゃん、ばあちゃんばっかりであったのだ。三頭は昨日、一昨日のように接客を始めたが、今回のお客さん方は足腰も悪く、耳も遠い。
「マダム、お手を。」
ヴァレンティノは早く調理に専念したい気持ちを抑えながら、ちまちまと歩くばあちゃんたちを紳士的にエスコート。
「ご注文お決まりで?」
「…なんだって?」
ルッカの声はじいちゃんに届かず。
「おっと!おいおい、足元気をつけてくれよ。」
「あらあら、ごめんねえ。」
「ちょっとやだ〜。気をつけないとポックリ逝っちまうよ?それともあんた!若い男に支えてもらおうと思って!わざとやったんじゃないかい?」
「まさか!」
「やだー!あははは!」
アルロはよろけたばあちゃんを介護し、その友達がブラックジョークを飛ばす。さながら高齢者施設のようである。その後も来る客来る客シニアばかり。
「ちょっと!あなたがたいが良いわね。何歳?奥さんは?お子さんは?」
「この間ね。ほら一丁目の奥さんいるじゃない!その人が…」
「はあ。」
「…だったんですって!」
「はあ。」
「で、…らしくって!そこから…」
「はあ。」
「…ですってよ!知ってた!?」
(勘弁してくれ。)
「おーい、カプチーノおかわりくれんかのう。」
「お手洗いどちらかしら?」
キッチンでカプチーノを入れるアルロと、施設職員のようなヴァレンティノとルッカ。
お昼時になり、市場の若い衆がランチにやってきた。
「どうもー。三名なんだけど…。」
「申し訳ありません。現在満席でして…。」
ヴァレンティノは席の方を見やり、本当にちょっと申し訳なさそうに伝えた。
「ああ!そうかい!人気だねえ。また来るよ。」
若い衆はそう言うと別のレストラン目指して行ってしまった。
「あいつら一回居座ると長いんだよ。ずーっと話してやがる。俺らにも話しかけてくるしよ。誰だよ、一丁目の奥さんって。」
ルッカは眉間に皺を寄せ、天井を仰いだ。
「ほとんどドリンクの注文だけだったな。しかもカプチーノしか頼まねえしよ。」
アルロはうつ伏せのままもごもごと漏らした。
「あいつら…歯がねえからな。」
ヴァレンティノはげんなりした表情で葉巻の煙とともにそう吐き出した。アルロとルッカは冗談はよせというように力無く笑った。
「高齢者向けのメニューも必要か?」
ルッカはおどけて見せた。三頭はくくっと笑ってとりあえず休憩することにした。
なんやかんや三日間のプレオープンを終えた三頭は、一週間の準備期間の後に本格的に営業を開始することにした。課題は山積みだが、それなりに楽しい三頭なのであった。
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