リモーネ、プレオープン。初日終了
三頭は厨房、フロア、会計と忙しなく動き続けていた。
「えーと、5ユーロです。あ、違う。6ユーロだ。」
ルッカは慣れない手つきで会計をこなしていた。レモンタルトを注文していた上品な婦人は苦戦するルッカを温かな目で見守っている。
「ふふ、ゆっくりでいいわよ。私も急かされるのは苦手ですから。」
ルッカはすみませんと小さく呟き、気恥ずかしそうに頭を掻いた。
「あのタルト、本当に美味しかったわ。また食べに来ますね。」
婦人が上品に微笑むと、ルッカは嬉し恥ずかしそうに、
「っす。良かったです。これ、クーポン券です。良かったら。」
と漏らし、小さな紙切れを夫人に手渡した。
婦人は、
「あら、ありがとう。」
と微笑むとそれでは、とドアの方に向かって足を進めようとした。その時、三頭はさっと目配せをして、各々手を止めて婦人の方へ駆け寄ってきた。
「え…。どうしたのかしら。」
突然三頭の白熊に囲まれた婦人は戸惑ったようにおろおろしている。すると、ルッカがすっとドアを開けヴァレンティノが婦人の手を取りながらエスコートした。
「本日はご来店ありがとうございました。マダム。」
「あらあら。紳士なのね。」
婦人は嬉しそうにヴァレンティノのエスコートに従って外に出ると、ヴァレンティノは中腰になり
「それではお気をつけて。」
その言葉を合図に、ヴァレンティノの後ろで休めの姿勢でSPのように立っていたルッカとアルロが
「またのお越しを!」
と威勢よく挨拶し礼をした。婦人は少しびっくりした様子だったが、ふふっと微笑み、
「次は孫も連れてこなきゃね。では失礼しますね。」
と返すと、水路沿いの道をゆっくりと進んでいった。三頭はその姿を見送ると、店内へと戻っていった。
「よし、次だ。ルッカはテーブルのセッティングを。アルロは配膳の後次の客を店内に入れて注文を頼んだ。」
ヴァレンティノは手短に指示をすると、せかせかと持ち場に戻っていった。その後も客は絶えることなく、調理、接客、見送りと数をこなしていった。
「5番卓、レモンピザにレモンジェラート。」
「3番卓もレモンピザ一つだ。」
「アルロ、ハニーレモンソーダ二ついけるか?1番卓だ。」
「えーと、合計で15ユーロです。」
「お客様のお帰りだ!「「またのお越しを!」」」
三頭は休む間もなく時刻は16時を迎えた。最後の客を見送りヴァレンティノは店のドアにかかる表示を「close」にしてロールカーテンを閉めた。
「はあ、流石に堪えるぜ。」
ヴァレンティノはエプロンを外してソファにどさっともたれ掛かった。ルッカとアルロも慣れない接客にちょっと頬がこけたようであった。しかし三頭共、初日からかなりの手応えを感じており、自分の作った商品が注文され、美味しかったと言ってもらえる喜びをひしひしと感じていた。
「レストランも悪くねえな。」
ヴァレンティノは葉巻に火をつけると、うまそうに煙を味わった。ルッカとアルロは近くの椅子にどかりと腰掛け、瓶からワインを煽りはあと息をついた。
「だがしかしよ。これに夜の営業もやるとなると厳しくないか?」
アルロは眉間に皺を寄せて二頭に尋ねた。
「三頭だとぎりぎりだな。」
ルッカはゴキゴキと肩を鳴らしながら漏らした。ヴァレンティノは少し考えて、
「そうだな。夜の営業を考えるのは、暫くこれでやってみてからで良いだろう。」
と冷静に判断した。二頭は何も言わずヴァレンティノに従うことにした。
「だが…」
ヴァレンティノは葉巻をふかしながら腕を組み何かを考えている。
「休憩も取れないのはちょっと考えもんだな。」
ヴァレンティノが独り言のように呟くと、二頭は怪訝そうな顔をした。
「まあ、別にできないことはねえが。今みたいに店閉めた後に休憩取ればいいんじゃねえか?」
ルッカは提案した。しかしヴァレンティノは首を横に振った。
「いや。お前らが良くても労働基準ってもんがあるだろ。店の形態としてだめだ。」
ヴァレンティノの言葉に二頭は、そんなことまで考えていたのかと感心するのだった。結局福利厚生については数をこなし、徐々に考えるという方向で決まった。
「まあ、とにかくだ。無事に初日は切り抜けた。」
ヴァレンティノの言葉に二頭ははあと息をついた。店の窓から夕陽が差し込み、三頭をオレンジ色に照らした。
「さ、遅くなったが賄い作るかあ。」
ヴァレンティノは重い腰をよいしょと上げると、キッチンへと向かっていった。
その日の夕食後、三頭は売上金と注文伝票の山を囲み何やら会議をしている。
「ほお。初日にしては客の入りも上々じゃねえか?」
アルロは売上金を確認し二頭に投げかけた。
「まあまあだな。」
ヴァレンティノは伝票からノートに何かを書き写しながらそう返した。
「宣伝やった甲斐があったぜ。…で、何書いてるんだ?」
ルッカはヴァレンティノの手元を覗いた。
「これはどのメニューがどれだけ出たかのデータだ。顧客の需要を知れば今後の対策も取りやすい。」
ヴァレンティノの言葉に二頭はなるほどと頷いた。
「どんな感じなんだ?」
アルロも気になったようで、ノートを覗き込んだ。
「各部門で一番人気だったものは、レモンクリームパスタ、レモンジェラート、ハニーレモンソーダだな。」
ヴァレンティノが発表すると、二頭とも確かにと納得したような反応を示した。
「まだ初日だからなんとも言えねえが、レモンジェラートは食事と一緒に注文している人が多かったな。それとハニーレモンソーダは比較的どのフードやドルチェとも一緒に注文されている。」
ヴァレンティノはノートに正の字を書き足しながらそう説明した。二頭はノートに書き足されてゆく線を興味深そうに目で追うのだった。そこで、
「ただ、主婦層を狙って宣伝をしたが、客層の性別や年齢が意外とばらけていたのは予想外だったな。」
とルッカは腕組みしながら漏らした。ヴァレンティノはノートから視線を外すとルッカを見やった。
「そこだ。若い男性やマダムも来ていたな。客層を詳しく把握しておいた方が良さそうだ。明日からは伝票に性別と大体の年齢もメモしておこう。それと…」
ヴァレンティノはそこで一度言葉を切り、葉巻の煙をゆっくり吐き出すとこう続けた。
「子供向けの商品も少し必要だな。親とシェアするよりも専用のものがあった方が注文数自体が増える。子供用のメニューがないレストランに子連れのリピーターは期待できねえ。」
ヴァレンティノの提案にアルロは耳をひょこっと動かした。
「今日は休日で子連れの客も多かったしな。だったら子供用の椅子とかも必要じゃねえか?」
アルロはそう提案した。
「そうだな、プレオープンイベントは今日含めて三日間だ。この三日間で必要なものを全て炙り出せ。」
ヴァレンティノは二頭にむかて指示すると、各々明日の仕込みに取り掛かるのだった。
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