白熊、進路選択。
その日は朝から三頭で頭を突き合わせて、ああでもないこうでもないと頭を悩ませていた。どこで買ってきたのかは知らないが、三頭とも大きなワイングラスでおしゃれに赤ワインを嗜んでいる。
「でだ、今後についてだが…。」
ヴァレンティノは葉巻をふかしながら二頭に投げかけた。
「一体どういう作戦が?」
アルロは腕組みしながらヴァレンティノを睨んだ。
ことの発端は三頭の厳つい白熊たちがベネチアに到着してすぐの頃。あの不動産屋さんでのやり取りまで遡る。主人の持っていた資料の中にあった一枚の不動産案内。そこには「飲食店経営をしてみたいあなたにぴったりの物件!オープンキッチンにピザ窯付き。」の文字。ヴァレンティノはその文言に釘付けになった。ヴァレンティノは二頭を近くの呼び寄せ
「おい。これは一発狙えるチャンスじゃねえか?」
と耳打ちした。すると二頭はヴァレンティノの持つ案内に視線を落とす。
「は!?飲食店!?」
アルロは驚いた。
「なんでまた急に。」
ルッカも意味がわからないというような顔をしている。そんな二頭をよそにヴァレンティノはその家をあっという間に契約してしまった。
「飲食店ったって、俺たちにできるのか?」
ルッカはヴァレンティノに投げかけた。
「まあ、俺らにできるレベルだとせいぜいバーの経営くらいだろ。」
アルロはワイングラスを傾けながら返した。しかし、ヴァレンティノは
「バーだと夜しか客は来ねえ。採算取れねえだろ。」
と拒否し、新しい葉巻に火をつけた。
「まあ、そうだな。」
とアルロは呟き、足元を見ながらワイングラスをゆらゆらと回す。その後、ファストフード店やカフェなどの案が出たが、ヴァレンティノは首を縦に振らなかった。
「じゃあどうするんだ?」
アルロはやや苛立った様子で腕を組み、ヴァレンティノをじっと見据えた。少しの沈黙の後、ヴァレンティノはこう宣言した。
「レストランを開く。」
「は?」
ルッカは呆気に取られた。
「料理なんかできないのにレストランなんか開けるわけねえだろ。」
アルロも呆れた様子で反対した。
「料理人を雇うのか?」
ルッカは問いかけた。ヴァレンティノは長く息を吐き、答えた。
「料理人は雇わねえ。」
ヴァレンティノの言葉に、二頭は首を傾げる。
「あ?じゃあどうするんだ?」
アルロは机に肘をつき、ヴァレンティノを見据えた。
「俺がなる。」
ヴァレンティノの言葉に二頭は目をひん剥いた。二頭が口を開く前にヴァレンティノは続ける。
「ルッカ。お前甘いもの好きだよな?」
ルッカはその言葉に我に返ると、
「ああ、まあな。」
と頭を掻きながら小さく答えた。
「アルロ、お前女が好きそうな酒に詳しいよな?」
ヴァレンティノはアルロを葉巻で指しながら投げかけた。
「確かに酒も女も好きだが…?」
アルロの頭には依然としてクエスチョンマークが浮かんでいる。
ヴァレンティノは徐に椅子から立ち上がると葉巻を灰皿に押し付け、キッチンへと向かった。二頭は怪訝そうな顔でキッチンへと視線を移す。そして口を開けたまま固まってしまった。ヴァレンティノはキッチンに立つと、水の入った大鍋に塩を入れ火にかけた。そして、戸棚の中から玉ねぎを取り出すと、慣れた手つきで皮を剥きスライスする。
「おい、あいつ正気か?」
アルロは信じられないというような顔でルッカを肘で突いた。次にヴァレンティノは戸棚の中からパスタの束を取り、ボコボコと沸騰する鍋の中にバラっと放り込んだ。ヴァレンティノは淡々と作業を進める。
「ヴァレンティノ。お前料理好きなのか?」
ルッカが恐る恐る聞いた。ヴァレンティノはフライパンにバターをひきながら、まあな、とだけ答えた。そして、大きな冷蔵庫の中を漁ると、切り身のサーモンと生クリームを取り出す。サーモンに軽く下処理をし、玉ねぎと一緒に炒め始めた。
「なあ、あいつ。始めっからレストラン開く気満々だったんじゃねえか?」
アルロは小声でルッカに耳打ちした。ルッカは呆れたように笑った。ヴァレンティノは依然として淡々と作業を進める。フライパンのサーモンに生クリームと塩胡椒を振り、暫くぐつぐつと煮詰める。部屋中にいい香りが漂った。遠くから見守っていた二頭はキッチンの方へと足を進め、対面するカウンターに座った。
「手慣れてるな。」
ルッカはヴァレンティノが鍋から茹で上がったパスタをフライパンに移し、ソースと和える様を見て感心した。ヴァレンティノは大きな掌でトングを握り直すと、パスタを器用にくるくると巻き、綺麗に皿に収めた。最後にきりきりとペッパーミルを回し、パスタを二人の目の前に突き出す。
「ほお。」
アルロは呆気に取られながらも、非常に美味しそうなパスタに釘付けだ。二頭はフォークを手に取ると器用にパスタを巻き、口に運んだ。
「…旨い。」
ルッカはパスタの皿を凝視しながら呟いた。
「だろ?」
ヴァレンティノは得意げににやりと笑った。
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