第12話 大工、空き家の竹と戦う(前編)

大工の親族が亡くなり、関東にある空き家をどうにかしなくてはならないという問題が発生した。今の日本でよくある社会問題の一端に、大工も竹林駆逐隊としてついに足を踏み入れた。


空き家になってから数年放置してあり、いよいよ誰かが片づけなければいけない状況になった。


取り急ぎ空き家の一番近くに住んでいる大工母が様子を見に行き、後日連絡がきた。


空き家は2階建ての庭付き日本家屋で、10部屋くらいあるかなり広い家である。竹屋敷と呼ぼう。

天井の梁には、飾り切りみたいな装飾が施されているし、洋室の客間には暖炉があり、「いい家だったんだろうな」と玄関入った瞬間わかるような家だ。

玄関の靴箱も昔ながらの木でできた引き戸でここにも飾りがついている。靴箱の上にはいかにもありそうなガラスケースに入った日本人形が飾られている。いかにもありそうな木彫りの熊は、、、なかった。


つるつるで全くみしみし言わない廊下に入るとすぐ2階へ続く細くて急な階段がある。のび太くんちと全く同じ構造だ。昭和らしいおばあちゃんちあるあるな階段をしている。


それはさておき、家の南側の門を潜ると、玄関扉までの2mほどの間が庭になっている。建物の西側が広い庭になっていて、建物をぐるっと1周する形で庭になっている。すべて地面は土で、様々な植物が生えている。


問題は「竹」だった。


まず初めに、大工母が一人訪れて門をくぐった場所からの写真を見せてもらった。

門から家までの2m、全く何も見えず、玄関まで到達できないのである。

というか、門が空かない。

門から玄関までだけ地面は石でできており、そこに植物が生える余地はないはずなのに、竹が生い茂っていて玄関は見えないし、竹しかない。


写真を見せてもらった時、驚きすぎてその場にいた全員が絶句していた。


それから親族で作戦会議をし、とりあえず鎌やチェーンソーなど持ち寄れるものを持ち寄って、時には近所の幼馴染のお父さんにも農具を借りてきて、竹をばっさばっさと入口から少しずつ切っていくしかなかった。


軍手をして、とりあえず玄関にたどり着けるように目の高さから竹を切っていく。

折れた竹をなんとか避け、また切る。少し進んで切る。

竹じゃない木や葉っぱも切る。少し進むの繰り返し。


玄関に到達するのに大人一人で3時間かかった。


家の中に入れたら、今度は縁側から出て、一番大きい庭の竹を駆逐することにした。

門とは違って縁側の方が広く、作業もしやすい。


作業しようとしたときにふと見上げて衝撃的な絵が目に飛び込んできた。

斜めに生えた竹が2階の庇を突き破っていた。

庇の素材は何でできているのかわからないが、瓦っぽいものは庇の上に乗っている(乗っていた?)はずでそれさえも突き破って竹が家の中に浸食しようとしていた。

植物に純粋な恐怖を感じる。太古の時代から地球に蔓延る植物の本当の強さみたいなスケールを感じた瞬間だった。


それを駆逐するには、あと2mほど進んで根を絶たなくてはいけない。

玄関同様に、庭も縁側ギリギリまで竹が生い茂っていて、庭に降りることすらできない。


大人数人で手前から地道に草をかき分け、竹を切っていくしかなかった。

完全に竹林だった。竹林以外の何ものではない。

家主の生前、庭にはたくさんの花が咲いていて、四季によって咲く花を分けて植えていて本当に綺麗だったと口々にみんながいう。


「庭に竹あったっけ?」

「いや?」

「玄関横にだけあったのよ!それがここまで浸食してくちゃったの!!!」


普段運動不足の大人たちが作業しようにも1時間もすれば手や腰が痛くなってきて、顔をあげれば無限に続く竹が生えていて、絶望しかなかった。


正月に作業をしていても、また春になればにょきにょきと元気に復活してくるのがわかっているからこそ、絶望しかない。


わかっている。切っただけではなんの意味もないことを。

根絶やしにしないと驚異の繁殖力で人間をあざ笑うかのように繁殖するので、今やってる作業が全く意味がないことを。

でも竹の根は頑丈でなかなか駆逐が難しいことも。


竹は鎌を一振りすれればぽきっと折れるようなものではない。何度も振ってやっと折れる。慣れれば一振りでいけるが、慣れるのも大変である。なんてたって竹が生えすぎてて振れるほどの広さがない。弱い力でやるしかない。


小型ののこぎりを持ってきて切る方がはやいだろうということで、のこぎりで切ったりもした。確かに早いが、手が疲れる。


無限に続く竹林を見て、さすがの大人たちも心が折れた。


「誰だよ竹植えたやつ!!!!」

「ふざけんな」

など口々に愚痴がこぼれ始める。


大工母が教えてくれた。


当初家主はこの家を建てる時に、玄関横に2m×50cmほどの細長い竹専用のエリアを作ってそこだけに竹を植えた。家の壁沿いにおしゃれな細い竹が生えている感じにした。実際おしゃれだったらしい。

外食に行くとちょっといいお店の中庭の飾りとかで見るやつだ。


土の中にもしっかりブロックを埋めてそれ以上竹が広がらないようにしていたらしい。

ところがどっこい、家主亡き後、竹はそのブロックを超えて庭中に覇権を広げていった結果この惨憺たる状況が出来上がった。


「まじで竹を植えるの違法にしてほしい」

「嫌いなやつの家に竹植えてこようぜ」


など口々に冗談を言いながらなんとか残った気力でできる限りの竹を切っていった。

目は死んでいる。軽口でも言わないとやってられない。


日没まであと少しというところで、隣の家との境になっているブロックが見えてきた。

どうして一旦根を掘り返すことを後回しにして、とにかく切り進んでいるかというと、隣家との垣根が低いため隣家に竹の葉が浸食し始めていて、クレームになっていた。当然である。


隣の空き家が放置されていて、竹が自分ちに迫っていたら私だったらキレ散らかす。


なので急いで切る必要があった。


その日ご近所さんたちがこそこそ見に来ては噂話をしているのが露骨だった。

「ここの排水溝、私が掃除してあげてたんですよ」

とあからさまに嫌味を言いに来る人もいた。その目はじろじろ家の中の様子を物色している。


大工母はこの家とは無関係で、頭を下げる筋合いは全くないのに、何度も頭を下げていて気の毒だった。言われてもしょうがないくらいに荒廃して迷惑をかけているのだからやむを得ない。


何とかその日は隣家に迷惑が掛からない程度に竹を切って終わった。

数か月後、春が来たらまた切らなきゃいけないことは目に見えていて、終わったのに絶望して全員で帰路についた。春が来る前に根絶やしにする以外に逃れられる方法はない。しかし帰りの車の中、疲労と絶望感で誰も口を開かなかった。


しかし以外と早く第2回竹林駆逐隊の出動が決まる。


そして気づく、「切った竹をどうやって捨てるか」を考えなくてはいけないことを。

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