第9話 大工になりたい夫、通勤用の車を買うか買わないか(8)

いよいよ、見積も整い、契約する段取りとなった。

金額に合意をし、テーブルに座ったまま3人でペコペコ頭を下げあった。

恰幅のいい店長が出てきて、ご挨拶をしてくれた。

張りのあるいい声

「絶対にいい車なので楽しみにしてください!」


それは「ようこそこちらの世界へ!」「やっと来てくれましたね」と言われているような気がして、このままずぶずぶと沼っていく夫の未来が見えた。

承認欲求が満たされて幸せそうで何よりです。


帰りの車で「あーーー本当によかったのかなーーーー」とか言ってる。

「いいに決まってんじゃん」「やめる?」

「やめない」

という会話をした。


その日からロードスターのサイトを見なくなった。

時々何か調べものをする程度になった。


本当によかった。夜洗い物をしてくれるようになった。


しかしなんと、車通勤が必要なくなってしまった。

仕事の都合で買った車が要らなくなった。

これはこれで大工は不服そうだった。


だけどコペンを買わなくてよかったと心底思った。

妥協して中古のコペン買って、通勤がなくなったらそれこそ大工はキレ散らかしていたと思う。

通勤あるかも説はロードスターを買うためのただのきっかけにすぎなくなったけど、理由はどうあれ乗れると最高な気分を味わえる大好きな1台を買っておいて本当に良かった!!


その後、スエズ運河の海賊のせいで、屋根のパーツの納入が遅れ製造が始まらない

納車がいつになるかわからない

という不穏な連絡を何度か受け、約4か月待ってようやく納車となった。


納車した日の夜、大工にどのくらい嬉しいの?と聞くと

「800!!!!!」と元気に答えていた。100点満点らしい。

5億!とか言うと思っていたので思いのほか低かった。


一生に一回は趣味に全ぶりした好きな車乗ったほうがいいよ

家族がいるからっていう理由で好きなもの諦めてないで1回くらい乗ったほうがいい


という結婚した時から私が言い続けていて、ようやく達成された。感慨深い。

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