第41話 絶対に飲食してはいけないお茶会 in 王城
「さぁどうぞ。お茶菓子など召し上がって、お寛ぎ下さいませ勇者様」
「あ、ありがとうございます」
……いや、寛げないよね、普通。
こんな豪華な王城のサロンにいきなり連れてこられて、目の前にいるのはにっこりと妖艶に微笑む側妃様。そして隣には腹黒いでお馴染みの王太子殿下。
なんで僕に絡んで来る人間のやんごとなさは、こんなにもパワーアップしてしまったんだ……。
そんな事をぐるぐる考えながら、素晴らしく豪華なカップに口を付ける。
もちろん、実際に飲んではいない。
マックスから聞いた『毒殺』という言葉と、クリスフォード殿下が言っていた『手を付けないで』という言葉を思い出してブルリと身震いをする。
いやでもさ、勇者に毒盛るとかある?
国にとっても普通に困るよね、勇者に何かあったら。
と、思いながらも熱心にお茶菓子を勧めてくる側妃様が恐ろしくて仕方ない。
「あら、もしかして勇者様は甘い物はお嫌い? それでしたら、こちらのビスコッティはいかがかしら?」
やめて、ビスコッティ勧めないで。
ただでさえ緊張で口の中がカラッカラな上飲み物も飲んでるフリなのに、そんなの食べたら口の中の水分全部持ってかれちゃう。
「す、すみせん。実は緊張で食べ物が喉を通らなさそうで……」
「まぁ! そんなに緊張なさらないでも大丈夫ですのよ? ここは非公式な場ですもの」
ジットリと僕を見つめる側妃様と、そっと僕の方に茶菓子の器を寄せる王太子殿下にたじろいでいると、ヴィオレッタ様がその器からヒョイっと一つ砂糖菓子を摘み上げて微笑んだ。
「ありがとうございます、殿下。丁度このお菓子が気になっていたのです」
「あ、ああ。うん。ごめんね、ヴィオレッタ嬢からは取りにくい場所だったよね」
本当は僕に無言の圧力をかけたんだろうけど、ヴィオレッタ様がこう言ってくれた事で、王太子殿下はヴィオレッタ様の為に器を動かしたみたいな感じになったので助かった。
—— 助かったんだけど、ヴィオレッタ様はお菓子を食べて大丈夫なのかな?
僕の心配を他所に、今度はヴィオレッタ様は側妃様に微笑みかける。
「パトリック様は私の大切な学友でもありますの。どうぞお許し下さいませ、側妃殿下。こんなにお美しい殿下を前に緊張しない殿方はおりませんもの」
「あら、いやだわヴィオレッタったら。オホホホホ」
「ウフフフフ」
こ、こえぇぇぇーー。
表面上はにこやかだけど、女性陣二人の迫力凄くない!?
お茶会は貴族女性の戦場だって聞いた事あるけど、あれ都市伝説じゃなかったんだ……。
あ、何かまた久々にストレスでお腹痛くなってきた……。
「すみませーん、お待たせしましたぁ!」
僕がお腹の痛みと戦っていると、アンジェが明るい声と共にサロンに飛び込んできた。
た、助かったー!
もう時間は稼がなくていいんだね!?
さぁ帰ろう! すぐ帰ろう!!
当然、側妃様はアンジェにも席に着く様に促してお茶を勧めるけれど、アンジェはそれにも気付かない位の興奮状態でこう言った。
「聞いて下さい! 今日は久々に神様からのご神託があったんです!」
「「!!」」
僕は『ご神託?』と首を傾げ、ヴィオレッタ様は涼しい顔でお茶を飲んでいるけど、側妃様と王太子殿下は明らかに顔色を変えた。
「それで!? それで、神は何と!?」
「ここで言っちゃって良いんですか? えーっと、第二王子殿下の目覚めがどうとか?」
今度は僕もギョッとしてアンジェを見る。
凄いブッ込んで来たな!?
側妃様と王太子殿下にはやはり後ろ暗い所があるのか今度は悪い方にスッと顔色が変わった。
それでもアンジェはすっとぼけて話を続けようとするし、後ろから付いて来ていたクリスフォード殿下は空中でお腹を抱えて笑っている。
……これ、アンジェ絶対わざとだな。
その後、当然のようにお茶会は早々にお開きとなり、アンジェは改めて明日教会へ行って神託について話をする事になった。
クリスフォード殿下が満足気にビシッとVサインを決めてきたので、恐らく上手く事が運んだのだろう。
……アンジェがヒロインのシナリオは、どんどん進んでいる。
一方で、多分だけど僕がみんなに関わる事で、知らず知らずのうちに『僕が主人公』の方のシナリオも進んでしまっている。
もう一度セオに、追加コンテンツをダウンロードした後のプリラビについて詳しく聞いてみよう。
……シナリオが狂ったら、やっぱりマックスは怒るかなぁ。
僕の大好きな人達が、みんなで幸せになれる、そんな道。
それは本当に、ゲームに定められたシナリオの先にあるのだろうか?
◇◇◇
あれから数刻。僕たちの姿は王家が出してくれた馬車の中にあった。
学園寮へ向かう様に御者に告げるヴィオレッタ様に、僕は首を傾げる。こういう時は、身分の高いヴィオレッタ様をまず邸に送り届けるのが常識だ。
「先にヴィオレッタ様を公爵邸にお送りした方がいいんじゃないですか?」
僕がそう言うと、ヴィオレッタ様は微笑んで首を横に振り、肩をすくめてこう言った。
「いいえ、アンジェとパトリック様は同じ寮へ帰るのですもの。私一人の為に遠回りする必要ございませんわ。それに、多分私も寮へ送って頂ければ、それで大丈夫だと思いますの」
「え?」
「だって、恐らく……いえ絶対。寮の前でお兄様が待っているでしょう?」
……確かに。
飼い主を待つ大型犬さながらに、眉尻を下げてウロウロするレイの姿が目に浮かぶ。
思わずアンジェと二人顔を見合わせて、それからヴィオレッタ様の方を見る。
視線が交わると、みんな同時に『プッ』と吹き出した。多分三人とも同じ様な想像をしたのだろう。
王城での緊張状態から解放されて、明るい笑い声が馬車を包んだ。
それからしばらくして。
案の定、寮の前に停まっているファビュラスな馬車を見て、僕達はまた大笑いしたのだった。
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