第37話 王城からのお呼び出し

「「ええっ!? パトリック様、勇者だったんですか!?」」

「うぅ、まだ決定じゃないよ?」


 父様と話した内容を伝えると、アンジェとヴィオレッタ様は驚いた声をを上げ、ダグラス様はキラキラした目でこちらを見ている。



 嫌な予感しかしない。



 ああ、こんな事になると分かっていれば、コンディションを万全に整えた上でアンジェとW応援体制で臨み、何が何でもダグラス様に聖剣を抜かせたのに!!



「スライムが爆ぜ飛んだのも、恐らくリックのレベルが高過ぎたんだな」

「「スライムが爆ぜ飛ぶ!?」」


 考えながらそう言うマックスの言葉に、またもアンジェとヴィオレッタ様が声を合わせて驚く。

 ……この二人、想像以上に仲良いな。



 いや、それよりもあの謎現象、僕のレベルのせいだったの!?

 なんでそんなにレベル上がってるの!?


 確かにダグラス様と朝稽古したり、たまに薬草取りに町の外に出たりはしてたけど、いくら乙女ゲーだからってそんなにバンバンレベル上がらないでしょ、普通。



「……お助けアイテムだな」


 僕とレイにだけ聞こえる位の大きさでマックスがボソッと呟く。


 ……お助けアイテム?


 途端にハッとある事を思い出す。



 シェフの気まぐれ料理かあぁぁー!?



 ゲーム内でシェフの気まぐれ料理が食べられる様になるのは、高位貴族専用個室に誘われるくらい攻略対象者と仲良くなってから。

 つまり、シナリオも後半に差し掛かってからなのだ。


 なのに僕は、序盤も序盤、入学してわずか一週間で高位貴族専用個室に入り浸り、アイテムを摂取し続けてしまったのである。

 明らかにスタートダッシュかまし過ぎだ。


「ええぇぇぇ、どうしようマックス!」

「まぁ、体に害はないだろ。……多分」


 多分て!!


「とにかく、パトリックの父君が王都へ知らせをやってくれたんだ。何かあれば向こうから言ってくるだろうし、ひとまず待とう」


 そうレイが締め括り、みんなそれぞれ自分の部屋に戻る事にした。

 僕は本館の自室に帰るけど、みんなには離れの迎賓館に泊まって貰っている。



 うーん、考え過ぎても仕方がないのは確かなんだけど……。



 正直勇者だなんだと言われても不安しかないが、待つしかないなら折角の帰省を楽しみたい。


 男爵領は何もない(よりによってラストダンジョンはあった)けど、自然だけは沢山あるのだ。

 川遊びや釣りも出来るし、珍しい草花や山菜だって取れる。



 よし、気持ちを切り替えて、王都育ちのみんなが知らない様な遊びを沢山教えてあげよう!




 だから、どうかこれ以上おかしな事が起こりませんように……。



 ◇◇◇



 ……なんていう祈りは、たいてい逆効果な事が多いわけで。

 残念ながら僕もご多分に漏れずそのパターンだったらしい。



 あれから二週間が過ぎ、


『え、ほんとにこのまま楽しく過ごせるのかな!?』


 なんてこっちが油断した頃、そのしらせはやって来た。




「聖剣を持って登城せよ、ですか……」


「ああ、しかも可及的かきゅうてき速やかに、だそうだ」


 王家の紋章入りの書簡を手に持った父様が、言いにくそうに僕に伝える。


「それは……出立を早めるしか無さそうですね」


 本当は後一週間はこっちにいられる予定だったんだけど、流石に王家の呼び出しを無視する訳にはいかないもんね。


 不敬だとは思いつつも、思わず小さく溜め息を吐いてしまう。



 うう、王城なんて当然行った事もないから怖いし、勇者の認定とかされたくないし、他のなんちゃって勇者ビジネスを展開している領地と揉めたりしたらどうしよう。


 憂鬱な気持ちを抱えて、みんなの所へトボトボ帰る。


 事情を説明すると、みんな内心ではこの状況になる事を予測していたのだろう。

 出立が早まったのは残念がっていたけれど、口々に僕の事を励ましてくれた。


「大丈夫ですよ、パトリック様! 平民の私でも何だかんだ言って聖女候補やれてますし、王城が通いも慣れれば楽しいですよ!」



 うーん、正直アンジェの肝の据わりっぷりは常人のそれではないからなぁ。

 参考にはならないかも。



 こうして僕たちは、家族や地元のみんなに惜しまれながらも次の日には王都に戻る事になったんだけど……。



 翌日になると、男爵邸の前と通り沿いが、溢れんばかりの人でごった返していた。

 領民がみんな家から出て来たんじゃないの!? ってくらいの人数だ。



「な、何この人だかり。今日って何かあったっけ?」

「皆、兄様たちの見送りに来たんですよ」



 確かに僕がエーデルシュタイン学園へ入学する為に王都へ行く時も、凄い人数が集まって見送りをしてくれたけど……。


 あの時より、更に人増えてない!?



「……皆、王都の高位貴族の皆さんを一目見でいいから見てみたいと言って」


 セドリックが、ちょっと困った様に笑って言う。


 な、なるほど。その気持ちは十分分かるけど、見せ物みたいにするのは嫌なんだけどな。

 


 邸の中で馬車の準備が整うのを待っていたみんなに外の様子を伝えると、みんな笑って別に構わないと答えてくれた。


 どうやらこの面子は『自分を見る為に人が集まって来る』という状況に慣れているらしい。……大変だな。




『パトリック坊ちゃーん!!』

『ランディシャフトの神童バンザーイ!』

『王都でも頑張って下さいねー!!』



 領民達は口々に声援を上げながら、馬車に向かって全力で手を振っていた。



『うわぁ! 目が、目がーー!!』

『見ろ、人が神の様だ!!』

『素敵! 女神様みたい!』



 うん領民達みんな、気持ちは分かるけど恥ずかしいからヤメテ?



 この状況に慣れ過ぎて美形のゲシュタルト崩壊すら起こしかけている僕に比べて、王都のキラキラ貴族に慣れていない領民達は大はしゃぎだ。



「はは、男爵領の人々は皆気さくで面白いな!」



 そう言うとレイは、惜しげもなく満面の笑顔を見せて領民達に手を振ってくれた。

 他のみんなも笑顔で手を振ってくれる。

 


 みんな、ありがとう。


 領民達も笑顔で、みんなも笑顔で。


 僕も満面の笑顔で手を振った。




「ありがとうみんな! 行って来ます!!」


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