第35話 筋肉 vs 聖剣

「あの、ダグラス様。つかぬ事をお伺いいたしますが……」


 謎のイケボに脳内に直接語りかけられた僕は、恐る恐るダグラス様に声をかける。


「ん? なんだパトリック殿。改まって」

「その、さっきから謎のいい声が脳内に直接話しかけて来る……なんて現象、おこってませんかね?」


 僕の言葉を聞いたダグラス様は、不可解そうな顔をして僕の顔を覗き込んできた。


「頭は大丈夫か、パトリック殿? 落ちる時、頭は特にしっかり抱えて守っていたつもりなのだがな」


 ……。


 ダグラス様に頭の心配をされた。

 そういう意味ではないと分かってはいるけど、ちょっと複雑……。


 なんて思っていると、頭の中でまたあの声が響く。



『私の声は選ばれし者にしか聞こえないのだ。さぁ来い、勇者よ』



 リアルタイムに会話が成立してる!

 しかもいつの間にか、勇者の血を引く者から勇者に進化させられてるーー!!



 気持ちとしては完全に行きたくないのだが、このフロアは一本道。

 レイもマックスも心配してるだろうし、ダグラス様は怪我をしているかもしれない。

 一刻も早くダンジョンを脱出する為には、進むしかない。


 


「うっ……わぁ……」


 通路みたいな一本道を嫌々進むと、急に視界が開け、王城の謁見の間の様な空間が目に飛び込んで来た。

 謁見の間なんて行ったことないけど。


 そして、本来玉座があるはずの場所に、そこには不似合いなゴツゴツとした岩とその岩に深く突き刺さった剣が神々しく鎮座している。



 ……わかる、わかるよこの後の展開が!

 僕、予知能力者とかじゃないのに!!



 あまりにわかりやす過ぎる展開に僕が絶望していると、脳内にまた例のイケボが響く。



『それは勇者の資格がある者にしか抜けない聖剣。さぁ、今こそその力を我に示……


「ダグラス様!! ゴー!!」

「ん、何だ? この剣を抜けばいいのか?」


 実は珍しい装備品にも目がないダグラス様が、嬉々として聖剣を抜きにかかる。


 聖剣はビクともしない……と思いきや、何か少し動いた様な?



『ヤメテ! めて!? この馬鹿力!! 抜けちゃったらどうするんじゃあぁぁ!?』



 え? いやその場合はもう『勇者ダグラス誕生!』って事でいいんじゃないですかね?



 てか、聖剣物理で抜けるんかい!!



「ダグラス様、頑張ってー! ヨッ、筋肉躍動してるよ!!」

「ふんぬぬぬぬ!!!!」


『ヤメロオォォ、主人公の声援は攻略対象者にバフがかかるんじゃぞ!?』



 何だよ、ばふって。


 ……え、ていうか今、主人公とか攻略対象者とか言った!?



「ちょっと! ちょっとすみません!!」

『え、わし?』


 何せ脳内に直接響いてくる声なので、どこに向かって話しかければいいのかわからない僕は、とりあえず天井を仰ぐようにして声を上げる。


「そうです! あなた何者なんですか!?」

『あ、イヤ……そういう直接的な質問は、ちょっとご遠慮頂きたいっていうか』


 まさか僕にこんなにガッツリ話しかけられるとは思わなかったのだろう。

 激渋イケボの動揺が凄い。


「主人公とか、攻略対象者とかってどういう……

『あー!! ほらっ! 筋肉の彼が大変じゃぞ!?』

「えっ!?」



 振り返ると、確かにダグラス様が聖剣の前でうずくまっている。


「ダグラス様っ!」


 しまった。怪我をしているかもしれないダグラス様に無理をさせ過ぎた。

 慌ててダグラス様に駆け寄る。



「すまない、パトリック殿。どうやら少しだけ肩と足を痛めていたようだ。つい夢中になり過ぎた」



 駆け寄った僕に、ダグラス様は痛みを堪えた様な笑顔を向ける。


 うっすら脂汗をかいている様にも見えるけど、これ相当痛いんじゃ……!?



「こちらこそすみません! ダグラス様が怪我しているかもしれないと思っていたのに、けしかける様なマネをしてしまって……」

「いや、例えパトリック殿が止めていたとしても、私は同じ事をしていた自信がある!」



 キリッとした良い顔でダグラス様がそう言い切る。説得力が凄い。



「ともかく、何とかしてこのダンジョンから抜け出しましょう! 早く治療しないと」

「いや、しかしその剣が……」

「剣なんてどうでもいいですよ! ダグラス様の体の方が大事です!!」

「パトリック殿……!」



 なんか感動的な空気になりかかった所で、慌てた様子でイケボが割り込んで来る。



『どうでも良くないよ、これ聖剣だよ!? あ、それにね、ほら、この剣抜いたらすぐダンジョン出られるから! 地上にワープ出来るから!!』



 地上にワープ!?


 正直、聖剣なんて手に余る物を欲しいとは全く思えないのだが、これを抜けば一瞬で地上に戻れるというのはありがたい。



 どうしよう、他に地上に戻るルートも分からないし、もうこれしかないか……?



 そう思ってチラッと聖剣を見ると、そこには予想外の光景があった。


 なんと聖剣が、最初見た時より10センチ位抜けているのだ。



 これ、ダグラス様が万全の態勢だったら、ガチで『勇者ダグラス』が爆誕したかもしれない!?


 …………惜しい事した!!



『ほれ、早く聖剣を抜いて、その筋肉の彼を連れて帰っておあげなさい』


 本気で悔しがっている僕に、追い討ちをかける様にイケボがそう言う。



「ぬぐぐぅぅ……」


 ……背に腹は変えられない……か。



 僕は覚悟を決めると聖剣のつかをそっと握り締めた。


 するとその途端に、何だか手に吸い付く様な不思議な感覚がして聖剣はしっくりと僕に馴染んでくる。



 ああ、これはもう仕方ないな。



 これは僕が抜かなければいけない剣だったのだと唐突に理解する。



 ダグラス様、無茶振りしてごめんね。

 すぐに連れて帰るからね。

 


 そのまま手に力を入れると、驚くほどスルッと聖剣は抜け、聖剣が刺さっていた岩から眩いばかりの光が溢れ出てくる。




『聖剣に選ばれし勇者よ。まお……


「ふおぉぉぉぉ!? 何でそんなに簡単に抜けるんですかパトリック殿!? ちょ、み、見せて! その剣見せて貰えませんか!?」



 自分があれほど力を入れても抜けなかった剣をスルッと抜いた僕に驚愕したダグラス様に肩をガクガク揺さぶられる。



 ちょ、激しいし眩しいしヤメテヤメテ。

 聖剣落としちゃう!!



「ちょっとだけ! ちょっとだけでいいから触らせて下さい!!」

「い、今はダメですよダグラス様! 危ないから後で……あ、ちょっ! ダメって言ってるのにぃぃー!!」




『魔王が……復活の……、封印を……、

…………あの、聞いてる?』




 光がおさまって気が付くと、僕とダグラス様はダンジョンの前に二人で揉み合う様にして座り込んでいた。


 もちろん、その手には二人してガッチリと聖剣を握っている。




 なんか、激しい光とダグラス様が押し寄せて来る中でイケボが何か言ってた気がするんだけど……。気のせいだったかな?

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