第32話 僕がしたいのは里帰りであってダンジョン攻略じゃない

「パトリック殿、長期休みにダンジョン攻略をすると聞いたんだが!」


 レイとマックスと帰省について話した日の翌日。朝稽古にやって来たダグラス様に開口一番そう詰め寄られた。


 どこで聞いたの!? しないよ!?


 ちなみに、何だかんだでダグラス様には週三日ペースで朝稽古に付き合わされている。

 これに付き合わないと、今度は『手合わせ、手合わせ!』と言って下校後に追いかけ回されるのだ。



「図々しい申し出ですまないが、是非私も同行させてもらえないか!? ダンジョンでは戦力になれると思うぞ!」


 うん、戦力にはなるよね絶対。

 でもね、行かないからね、ダンジョン。


「ダグラス様、残念ですが私は帰省の為に男爵領へ帰るだけで、別にダンジョン攻略をする予定は無いのです」

「何、そうなのか!?」


 なんか、『ガッカリ』って効果音が背後に見えそうな程肩を落としているダグラス様を見ると申し訳なくなってくるんだけど……、いかんいかん、僕はいつもこのパターンでやられるんだから、いい加減学習しないと!



「じゃあ、予定通り長期休みはアンジェを誘って伯爵領に帰省するか……」


「!!?」


 ポツリとこぼしたダグラス様の言葉にギョッとする。


 アンジェを誘って帰省!?

 この二人もうそんな親密度上がってるの?

 ヤバくない??


 しかも確か、二年生の長期休みに攻略対象者の領地に招待されるのは『恋愛ルート確定イベント』の一つだった気がする。



 今まだ一年生なんですけど!?

 早い早い早い! 確定しないで!?



「どうしたんですか? パトリック様?」


 突然のエターナルトゥルーエンド攻略失敗の危機に僕が慌てていると、アンジェに不思議な物を見る目で見られてしまった。

 アンジェもこうして、よくダグラス様と僕の朝稽古に付き合ってくれているのだ。


 はっきり言ってアンジェは凄く忙しい。

 学校での成績をキープしつつ聖女の訓練をこなし、アルバイトで生活費を稼ぎ、町の人々を助け、攻略対象者の元に足繁く通ってはイベントを回収する。


 まさに殺人的スケジュールである。


 しかし、そんな苦労を微塵も感じさせないこのヒロイン力! アンジェ、恐ろしい子!



「はいダグ、しっかり水分摂ってね!」

「ああ、ありがとうアンジェ」



 爽やかな空気溢れる早朝の公園。

 汗も滴る細マッチョイケメンと、差し入れの特性ドリンクを手渡す可憐な美少女。



 いやあぁぁぁー、超お似合いー!!

 そりゃくっ付くわ!

 


 駄目だ、この二人をこのままにしておく訳にはいかない……!!



「あー、デモなんか、せっかく朝稽古とかしてるしナー。腕試しにダンジョンとか行ってみるのもいいカモナー」



 急に白々しいとは思いながらも、これしか思い付かなかったので大きめの独り言を言ってみる。

 我ながら棒読みが痛々しい。



「何!? それは本当かパトリック殿!」

「は、はい。やっぱり腕試しってしたくなりますヨネー。あ、あはは、あは」


 疑う事なく僕の言葉に食い付いてくるダグラス様。



「うん、やっぱりダンジョン行ってみようかナー。ど、ドウですか? ダグラス様も?」

「それは願ってもない。是非お願いする!」



 ……ダグラス様、チョロ過ぎん?

 ちょっと心配になるレベルなんですけど。



 ◇◇◇



「ちょっと、何なんですかパトリック様、あの今朝の奴?」

 

 チョロ過ぎるダグラス様に対して、こっちはアンジェリカ剛の者だ。

 そう簡単には誤魔化されてくれない。


 席に着くと、早速小声でアンジェが話しかけてきた。


「ご、こめん。なんか急にダンジョン行きたい病にかかっ……」

「な訳あるか」

「……すみません……」


 アンジェに食い気味に否定され、頭を下げる。

 うぅ、僕だって人の恋路の邪魔なんかしたくないよぅ。精霊に蹴られちゃう。



「前から思ってたんですけど、パトリック様って私とダグが仲良くしてると邪魔してきますよね? 何でですか?」


 ズイッとアンジェに距離を詰められる。


「普通に考えれば私の事好きなのかな?って思う所ですけど、……違いますよね?」


 うううう……と、追い詰められて途方に暮れる僕の顔を見たアンジェは、ふぅっと小さくため息を吐いた。


「まぁいいですよ。私も今すぐダグとどうにかなろうと思ってる訳でもないですし。代わりといってはなんですが、私も誘って下さるんですよね? 長期休み♡」


 にーっこり微笑むアンジェに、敗北の予感しかしない。


「で、でもレイやマックスも来るんだよ? 女の子はアンジェだけだし、その、なんか言われたりとかしない?」

「言いたい人には言わせとけば良いんですよ。……と言いたい所ですが、そもそも私そんなヘマしませんよ? ご令嬢方ともちゃーんと上手くやってますし」


 確かに、初めこそ男子生徒にばかり囲まれていたアンジェだけど、今ではそれなりに男女バランスよく友達付き合いをしている様に見える。


「うぅーん、……でもなぁ……」

「あ、じゃあ、女の子一人がマズイって言うならヴィーも誘ったらどうですか? レイ様もご一緒ならきっと大丈夫ですよ!」

「……ヴィー、さん?? 誰??」

「やだなぁもう、パトリック様ったら! ヴィオレッタ様の事ですよー!」



 ヴィ、ヴィ、ヴィ、ヴィオレッタ様!?

 

 まさかアンジェ、ヴィオレッタ様のシナリオまで進めてるのーー!!??





 かくして僕は、公爵家のご兄妹に侯爵令息、伯爵令息に聖女候補を引き連れて帰るというとんでもない初帰省をかまし、地元においての神童伝説を更新した。


 現実問題、今の僕には神童というより心労という言葉の方がお似合いなんだけどね。

 どうしてこうなった……。




 僕の両親が、立ったまま気を失いかけたのも無理はないと思う。

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