第27話 自覚なき主人公

 休み時間。


 僕の席は教室の一番後ろなので、前方のマックスと転校生の席がよく見える。


 先生から転校生の事を頼まれていたマックスが何かを話しかけているけれど、当の転校生の方は何故だかチラチラ後ろを気にしている様子で、あまり話を聞いている様には見えない。


 むっ、ちゃんとマックスの話を聞けよ、転校生!


 何となく面白くない気分で二人を見ていると、隣からヒョコっとアンジェが覗き込んできた。


「あれあれー? パトリック様、もしかしてヤキモチですかぁー?」


 他のクラスメイトには聞こえない位の小声でクスクスと揶揄からかってくる。

 前世持ちカミングアウトを済ませたアンジェは、こうやって時々僕を揶揄うという進化を遂げてしまった。

 嫌な進化もあったものだ。



「そんなんじゃなくて! 転校生がちゃんと話聞いてないなって思っただけで!」

「あー、確かにあの転校生、さっきからチラチラこっちばっかり見ますよね?」


 ……え、こっちを?


「パトリック様、気付いて無かったんですか? 授業中まで時々振り返ってこっち見てましたよ? いくらアンジェが可愛くっても、自制心は持って欲しいですよね!」

「……うん、今日も絶好調だね、アンジェ」



 …………。


 アンジェが可愛くって見てたっていうなら、まぁアンジェ本人が嫌がらない限りは好きにしてくれていいんだけど。


 チラッと視線を前に戻すと、一瞬だけ転校生と目が合った気がしてビクッとする。


 すると、何故かスタスタと転校生がこちらに向かって歩いてきた。


 えええっ、目があっただけで何でぇ!?



 転校生は、僕の前まで来るとズイッと身を乗り出す様にしていきなり声をかけてきた。


「あのさ、名前、教えてくんない?」

「は? あ、パトリック・ハミング……」


 僕の名前を聞いて、一瞬苦虫を噛み潰したような顔をすると、今度はアンジェの方に急に顔を向ける。

 

「そっちの彼女は?」

「え? 私ですか?」

「そう」

「アンジェリカですけど……」


 さすがのアンジェも愛想良く答える気にはならなかったのか、珍しくボソッと名前を告げる。


 一方の転校生は、何故かオーバーリアクションで『マジかー!!』とか叫んでいる。


 え? 危ない人?

 クラスのムードもドン引きだ。


「で、クラス委員がマクスウェルだろ? もう確定じゃん、コレ!」



 ………転移者! まさか!!



 僕より一瞬早く気が付いたマックスがこっちに駆け寄って来る。


「あー、君達、自覚ない系主人公?」

 

 尚も言葉を続けようとする転校生の肩を、マックスがグイッと後ろに引っ張った。


「外で話そう。それは恐らくここでするべき話ではない」


 転校生の耳元でボソリと呟いたマックスの声は氷点下かと思う程に冷たいもので、転校生は一瞬で静かになる。


 そのまま転校生を教室の外に連れ出すマックスを呆然と見ていると、アンジェが『なにあれ……』とポツリと呟いた。



 あれは、多分……。



 あの転校生は、知ってるんだ。




 —— 『学園プリンス⭐️ラビリンス! 恋は気まぐれ、ミステリー♡』を……!!





 …………。



 駄目だ! このタイトル、全ての空気をぶち壊す!!


 ……って、こんな阿呆アホな事を考えてる場合じゃない、僕も早くマックスを追いかけないと!


 僕は慌てて廊下に飛び出すと、マックスの姿を探す。

 幸いこの学園は高位貴族も多く通う超名門校だ。廊下を走る様な人間はいない。

 僕はギリギリ廊下の角を曲がって行くマックスと転校生の姿を見つける事が出来た。


 あっちか!!


 マナーなんて無視して、必死で二人を追いかけて走る。ああ、後で反省文だな。


 廊下の角を曲がってさらに少し走ると、使われていない教室で、転校生の胸ぐらを掴んでいるマックスの姿が見えた。



 ……え、恐喝現場じゃん……。



 こんな所見られたら、反省文じゃ済まないよ、マックス!?


 マックスを止めようと慌てて教室へ飛び込むと、ドスの聞いた声が耳に入ってくる。



「いいか? お前にとってはゲームの世界でもな、ここで生きてる人間にとってはここは紛れもない現実なんだよ!」




 ……あ。



 転校生に向けて凄むマックスの声を聞きながら、以前彼が言った事を悲しく感じた事があった事を思い出す。



 あれは確か、クリスフォード殿下とアンジェに、余計な事を話すなよって釘をさされた時の事だ。

 


『……ってな感じの悲恋匂わせ胸キュンシナリオな訳よ、クリスフォードルートは。いきなり『貴方は毒殺されかかって眠り続けてる第二王子でーす! ホントは生きてるヨ!』とかネタバレかましたら興醒めだろ?』



 そんな風に、ネタバレとか興醒めとか言う姿を見て、マックスはどこかこの世界を現実として見てない様な所があると思って、僕は悲しかったんだ。

 



「いいか、しっかり話す時間は、放課後作ってやる。だからそれまで口が裂けてもその話題は出すな。分かったな?」



 転校生がコクコク頷くのを見て、マックスが彼から手を放す。


 転校生は、丁度僕が教室に入って来た事に気が付いて、その開いたドアから慌てて逃げる様に飛び出して行った。



「マックス……」


 僕が声をかけると、マックスは少し気まずそうに下を向いた。


「マックス、僕も行くね、放課後。転校生としっかり話がしたいから」




 あの時。



 僕の聞き間違いでなければ転校生はこう言ったんだ。



、自覚ない系主人公?』



って。

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