第23話 入院中、徒然なるままに思う事

 『男爵令息誘拐拉致事件』、つまり僕の誘拐事件から一週間の時が過ぎた。


 調書を取った後は、アンジェが聖女の癒しの力で怪我を治してくれたから僕的にはすっかり元気になったにも関わらず、実はこの一週間は王立の病院に入院させられている。


 念の為の入院だとは聞いているけど、多分事件の後処理や学園内の根回しの為に、僕はちょっと学園を休んでてねって事なんだろう。



「はぁ……なんか、退屈」


 王都に出て来て『退屈』なんて感じたのは初めてだな、と我ながら苦笑いする。


 何せこっちに来てからは予想外の出来事の連続で、退屈する暇なんて本当に無かったのだ。



「予想外の連続、か……」


 僕が入院した当日。

 病院まで付いて来てくれたレイとマックスとした話を思い出す。


 マックス曰く、この誘拐事件が、本来ならヒロインが二年生の時に起こるヒロイン誘拐事件に似てるというのだ。


 もしそうなら時系列が狂っている上に、またヒロインに起こるはずのイベントが僕に起こった事になる。


 当然僕には何でそんな事になるのか心当たりなんて無いし、マックスも首を傾げていたけど、レイは心なしか蒼ざめていた。


 レイの一回目の生の時、実際その事件は起こり、しかもその黒幕がヴィオレッタ様だという事にされたらしい。その上、その時は自分もそう信じていたと……。



 それ以上その話を続けても得られる物は何も無さそうだったし、むしろレイを苦しめるだけの様な気がしたから話はそこで終わったけど、今回ばっかりはもしヒロインの代わりに僕にイベントが起きたなら、正直良かったと思っている。


 女の子のアンジェに、あんな思いは絶対味合わせたくない。




「そうだ、栞……」


 事件後、弟達に買った贈り物は病院の人に頼んで送って貰えたけれど、レイとマックスにあげようかな、なんて思って買った栞はまだ渡していない。


 この前マックスに頼んで持って来て貰った荷物の中に、教科書や参考書に混ざって男爵領で採集した珍しい花の押し花の標本がある。

 実はこれは僕の手作りで、三年かけて作った中々の大作だ。


 男爵領は田舎だから珍しい草花も多くて、それが王都や他領に対するアピールポイントにならないかなって考えたんだよね。


 ハミング男爵領は資源が乏しく、名産品も特にない。

 辛うじてあるのが、領地の端っこにダンジョンがある事を無理矢理こじ付けて作った『ダンジョン饅頭』なのだが、これがまぁ売れない。

 そもそも観光客が来ないのだから、土産物が売れる訳がない。

 ナイナイ尽くしの男爵領は、どうやら領主父上の商才も無い。


 男爵領はとても良い所だ。

 そして僕は、男爵領の未来を考えなければいけない。


 本来嫡男の僕は領地を継ぐ立場だけれど、もし王都で職を得る方が領地の為になるというのなら、それも選択肢の一つだと思っている。

 沢山稼いで領地に仕送りするのでもいいし、地方復興の働きがけを出来る様な職に就くのでもいい。

 何せ僕には優秀で可愛い弟が四人もいる。領地を継ぐ人材には困らないのだ。


 とにかく、今は選択肢を増やす為にも学園で良い成績をおさめられる様に頑張るしかない。



 そんな色々な事を取り留めもなく考えながら、僕は枕元に積んである本の中から、押し花の標本を取り出した。


 レイに似合う花と、マックスに似合う花。


 何かあるかな? とページをめくりつつ、男が男に似合う花を探すというのも中々に無いシチュエーションだな、とまた苦笑いが込み上げてきた。


 

 これかな? と選んだのは、繊細な花びらか特徴の白い花と、尖った花穂がスマートなイメージの青い花。


 白い花は、その繊細なイメージとは裏腹に実は寒さに強く、生命力に溢れた花だ。

 傷付き易くて繊細なのに、妹の為に七回も死に戻るその精神力。うん、レイっぽい。

 花言葉は、『辿りつく真実』。

 ……何か意味深だな。


 青い花は、その凛とした美しさに反して実は茎に毒がある。うん、実は毒舌なマックスに似てるかも。花言葉は、『信念』。

 ……オタクの信念?

 思わずプッと吹き出す。


 あはは、探せばあるもんだな。


 二人は喜んでくれるかな、なんて思いながら、フィルムをペリペリとめくり、押し花をそっとページから剥がした。


 ◇◇◇


 午後になると、レイとマックスが病院にやって来た。

 二人とも忙しいだろうに一週間皆勤賞だ。


「やぁパット、調子はどうだ?」

「うーん、元々どこも悪くないからね……。これ以上病院にいたら逆に病気になりそう」


 僕がそう言って苦笑いすると、レイが困った顔をした。

 どうもレイは、この誘拐事件が自分のせいで起こったと思っている節がある。


 犯人達が、『レイモンド様の為だ』だの、『僕がレイの側にいるのが相応しくない』だの言ったせいだと思うけど、あんな奴らの言う事なんて、気にしないで欲しい。



「明日には退院できるんだろ? 後一日くらい我慢しろよ。ほら、今日の分のノートな」


 口調は乱暴だけど、マックスは毎日欠かさず僕の為に授業のノートを取ってくれている。



「あのさ、二人に渡したい物があるんだけど……」



 ようやく明日には病院から出られる。



 早く行きたいな、僕たちの学園に——

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