第22話 男爵令息誘拐拉致事件、閉幕
「貴様ら如きがフェルトヌークの名を口にするだけで身の毛もよだつ。その穢らわしい口を今すぐ閉じろ」
決して口調を荒立てる事なく。
それでいて、離れている僕でさえ感じる程の、空気が震える様な殺気を放ちながら。
剣を突き付ける様に一歩、また一歩、とレイがリスロー伯爵子息達に近付いて行く。
「ひ、あ……はぁっ……」
その場で土下座でもするのかと思う程ガタガタ震えて力なく崩れ落ちた彼等は、そのままピクリとも動かなくなった。
……ん?
ダグラス様がレイの横をすり抜けて、タタタッと駆け寄る。
「レイモンド様、ストップ! 三人とも気絶してます!!」
気絶!?
殺気で人を三人も気絶させるって、レイ凄過ぎない!?
僕がポカンと口を開けて見ていると、剣を腰に戻してクルリとこちらを振り返ったレイと目が合った。
途端にシュルシュルと殺気が霧散し、代わりにウルウルと涙目になっていく。
あれ? 学園プリンスどこ行った?
「パット!!」
凄い勢いで走って来たレイにそのまま飛び付かれる。
「ちょ、レイ! 痛い痛い痛い」
「はっ! すまない!」
慌てて僕から離れたレイは、割とボロボロの僕を見て、またユラリと立ち上がった。
「……やはり斬るか」
「ヤメテ!」
気絶している三人の元に向かおうとして剣を抜きかけるレイを慌てて止める。
意識の無い人間を斬るなんて、そんな事をレイがする必要はないよ。
あの人達には、ちゃんと司法の元で罰を受けてもらおう。
そんな気持ちを込めてレイのフロックコートの裾を引っ張る。
「パット……」
シュンとした顔のレイの眉尻がこれでもかという程下がっていて、何だか少しおかしくなった。
ごめんね、レイ。心配かけて。
「パトリック様ー!!」
「リック! 無事か!?」
扉付近が再び賑やかになったかと思うと、今度はアンジェとマックスがバタバタと駆け込んで来た。
「アンジェ! マックス!!」
ついでに、クリスフォード殿下もふよふよ飛んで付いて来ている。
ハハ、全員集合だな。
みんな、僕を心配して助けに来てくれたんだと思うと、目頭がじんわりと熱くなった。
いつの間にか王都にもちゃんと出来てたんだな。僕の居場所が。
「大変! パトリック様、怪我を!?」
「チッ、アイツらの仕業か……。コロス」
「ヤメテ!」
慌てて今度はマックスを止めると、マックスはチッと舌打ちするとこう言った。
「……社会的に
うん、それは仕方ないかもね。
恐らくそれだけの事を、彼等はしているだろうから。
その後、アンジェが聖女の癒しの力で僕の傷を治そうとしてくれたけど、何とマックスに止められた。
僕のこの怪我はあの三人の犯罪の証拠にもなるから、『調書を取るまではそのままの方がいい』って。
正論だけど、冷静過ぎる。
うぅ、さっきはあんなに心配して怒ってくれたのに……。
まあ、マックスらしいけどね。……痛い。
しばらくして、ヴィオレッタ様が手配してくれた警ら隊がこの小屋に辿り着き、僕達は保護されたらしい。
『らしい』というのは、みんなが来てくれて安心した僕は、怪我の影響と緊張の糸が切れた事で眠ってしまったからだ。
僕が眠った後、誰が僕を運ぶかでちょっと揉めてた事とか(僕、そんなに重くないと思うんだけど失礼だよね)、みんなが小屋を出る前に例の三人を一発ずつ蹴って行ってた事とかは、クリスフォード殿下が後から教えてくれた。
レイやマックスやダグラス様はとにかく、アンジェや、何とヴィオレッタ様まで蹴りを入れていたというのには少し驚いた。
『あんな天使達の
とか気持ち悪い事を言うクリスフォード殿下には遠慮なく軽蔑の眼差しを送らせて貰ったけど、
『私も蹴りたかった……』
と、未練たっぷりに語っているのは少し面白かった。
殿下がいなかったら僕の発見はもっと遅れて、変態
影のMVPの殿下に、そっと感謝。
こうして、僕が被害者となってしまった『男爵令息誘拐拉致事件』は、幕を閉じたのだけど。
被害者である僕を醜聞から守る為、という建前の元、この事件が表沙汰にされる事はほとんどなかった。
何せ犯人がクラスメイトだったのだ。
表沙汰になれば、超名門校エーデルシュタイン学園の名に傷が付く。
貴族社会の闇を感じないでも無かったけど、あの三人とその家はきちんと罰を受けたそうなので僕はそれで十分だった。
学園からは、せめてものお詫びなのか何なのか、『僕は在学中、学内ではオールフリー』の権利を頂いた。
レイやマックスと同じ扱いなので、破格の待遇とは言えるんだけど……。
結局いつもあの二人と一緒にいる僕には、実はあまり関係ないよね。
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