第21話 狙う相手が悪過ぎた
薄暗い馬車の中。
自分を引きずり込んだ人間の顔を確認するためにも顔を上げようとしたら、上からガンっと頭を床に押し付けられた。
痛い。怖い。
情けないけど、真っ先に思ったのはそんな事だった。生まれてから一度も、こんな風に乱暴に扱われた事はない。
駄目だ。
痛みと恐怖は人の思考を鈍らせる。
ゆっくり息を吸って、そして吐く。
田舎の貧乏男爵家とはいえ、僕だってハミング男爵家の嫡男だ。
みっともなく取り乱す訳にはいかない。
大丈夫だ。考えろ。
幸い、腕や足を縛られたり薬を使われた訳ではない。
僕は童顔で小柄だから弱いと思われがちだけど、実は剣技は中々の腕前だと自負している。地元じゃ負け知らずだったし。
勉強と同じで王都には化け物クラスがゴロゴロしてるだろうから、僕なんて大した事ないかもしれないけど。
それでも戦えない訳じゃないんだ。
この、いざとなったら戦える、という思いは自分を奮い立たせる為には非常に有効だった。
僕の中にいつものペースが戻ってくる。
よし、まずは馬車の中の人数を確認して、それから……
『何ていうドラマティックな事件に巻き込まれているんだい、リッキー!? キミときたら片時も目を離せないじゃないか!』
…………。
そう来たか。
こんなド修羅場に、まさかの珍入……いや、侵入者が現れた。
クリスフォード殿下である。
殿下、お願い。
この事をレイかマックスに……!
上を向こうとすると恐らくまた押さえつけられるので、顔を横に向けて必死に口を動かす。
『キミの
……なんか、非常時だと腹立つなこの喋り方。
『私に出来るのはキミの双子星にこの危機を伝える事だけだが、必ず伝えると誓おう!』
そうだ、アンジェ! はよ行って殿下!!
クリスフォード殿下はそれだけ言うと、ムカつく程のキメ顔を残して消えていった。
うん。とりあえず良かった……んだよね?
頼みましたよ、殿下!!
とりあえず助けを呼べる算段が付いた僕の心に余裕が戻って来る。
さっきまではどこかも分からない犯人達の目的地に連れて行かれるより、多少無理してでも馬車の中から脱出した方がいいんじゃないかと思ってたんだけど……。
『助けは来る』と信じて、時間を稼ぐ方に考えをシフトした方がいいかもしれない。
自分の身の安全を第一に。
出来れば犯人達の目的と情報を。
僕個人を狙う理由なんてサッパリ思い当たらないけれど、最近の交友関係を思えば心当たりがあり過ぎる。
それから更にどれくらいの時間が流れただろうか。唐突に馬車が止まった。
どうやら目的地に到着したらしい。
「降りろ」
乱暴に服を掴んで立たされると、今度は蹴り出される様に馬車から出される。
ようやく確認出来た犯人の数は三人、見た事のある顔はなく、いかにもといった感じの町の
それにしても、結局僕を縛りもせずに歩かせるなんて……随分と舐められてるみたいだな。まぁ、こちらには好都合だけど。
「入れ」
今度は小さな小屋の様な所に押し込められる。意外にも小綺麗な建物だ。
「やぁ、やっと来たか『小判鮫』君」
そう言って僕を見下し切った目で見下ろして来たのは、僕のクラスメイトのリスロー伯爵子息だった。
よく見ると、その隣にいる二人も僕のクラスメイトだ。
ああ、そこまで恨まれてたんだ……。
最近彼等が僕を憎らしげに睨んでいた事も、聞こえよがしに悪口を言っていた事も知っていた。
知ってはいたけど、まさかここまでやるとは……。
「これは、どういう事ですか? リスロー伯爵子息殿」
「どういう事も何も、最近何か勘違いしている田舎貴族のクラスメイトに、現実を教えてあげようと思ってね?」
馬車に引きずり込まれた時に打ちつけた肩がズキズキするし、頭を押さえつけられた時に馬車の床で擦った額から血が流れて来る。
「犯罪行為を犯してまで、何を教えて下さるんですか?」
怖いとか痛いとかより、今は何だか、ただ悲しい。
「はぁ? 犯罪?」
「明らかに犯罪行為でしょう? そんな事も分からない程に目も頭も曇ってしまわれたのですか?」
額から流れてきた血が目に入って少し沁みるけど、決して目を逸らさずに三人を見据えた。
「チッ、これだからクソ生意気な田舎貴族は嫌なんだ。いいか、こんなもんバレなきゃ犯罪にならないんだよ。お前はこのまま、いいご趣味の変態
「!?」
人身売買!? ちょっと想像以上に悪に手を染め過ぎなんですけどこの人達。
そんな人達と机並べて一緒に勉強してたの!? 怖いわ!!
男爵領を出る時に、都会は怖い所だから気を付けろと領地のお年寄り達に言われたけど、まさかクラスメイトが人身売買に手を染めてる程怖い所だとは思わなかったよ?
ようやく僕が想像通りのリアクションをして、顔色を悪くしたのがお気に召したのだろう。
リスロー伯爵子息は、聞かれもしないのにペラペラと気持ち良く話し始めた。
「今までだってこうやって気に入らない平民や下級貴族は私達が掃除してやってたんだよ。お前みたいな田舎貴族と私達。仮にここからお前が逃げ出して世間に訴えた所で、どちらの方が社会的権力と信頼を持っていると思う?」
リスロー伯爵子息がニチャリとした嫌な顔で笑う。
悔しいけど、確かに身分制度が強い力を持つこの国では、身分が下の者が上の者に罪を問うのは非常に難しい。
仮に僕がこのまま権力のある変態
……僕に、やんごとない御身分のストーカーがいなければ……の話だけどね。
僕がそう考えた正にその瞬間。
「ほう……では試してみるか?」
地獄の底から響いてきたのではないかと思う程、底冷えのする声が扉の方から聞こえて来た。
「……レイ!!」
「そんな、レイモンド様が……なんでここに……」
歓喜に満ちた声を上げた僕とは裏腹に、犯人のクラスメイト達は絶望の声を上げた。
「あ、あ……扉には、見張りが……」
「コイツらか? 弱過ぎて話にならんな!」
ダグラス様が、見張りに立っていた
「で、誰が私と勝負するんだ? 勝負方法は何でもいいぞ。社会的権力か? 信頼か?
……それとも剣か?」
体から湯気でも出そうな程の怒気を孕んだレイがスラリと腰の剣を抜く。
文武両道の学園プリンスは、剣の腕前も達人級だ。
ここで腰を抜かしている小物達が相手になる訳がない。
「あ、あ、違うんです、レイモンド様。私達はレイモンド様の……フェルトヌーク公爵家の為に……! こんな奴、レイモンド様の近くにいるのに相応しくないから、私達が排除しようと!」
…………。
レイの近くにいるのに相応しくない、か。
確かに僕も初めはそう思ってたよ?
でもさ。
それって少なくとも、君達が決める事じゃないよね?
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