第10話 この悪役令嬢いい子過ぎない? 公爵令嬢ヴィオレッタとの出会い

 放課後。

 いつも通り僕を迎えに来てくれたレイの前に、マックスが立ち塞がった。


「こんにちは、レイモンド様。今日はパトリックと帰るのではなく、私にお時間頂けませんか?」

 

 ニコリと綺麗に微笑むマックス(いや、これはどう見てもだな)を見て、クラス中の女子生徒達が色めき立つ。

 滅多に見せない美形の笑顔は破壊力抜群らしい。


「珍しい事があるものだね。私に何か用事かな?」


 最初は不満気にしていたレイだが、マックスに何事か耳打ちされると、渋々といった感じで頷いた。


「すまないパット。少しマクスウェルと話をして来る」

「気にするなリック。多分時間がかかると思うから、君は先に帰っていてくれ」


 ……二人の話し合いには僕も立ち会うつもりだったので、まさか先に帰されるとは思わなかった。


 高位貴族専用の談話室に向かう二人の背中を、ポツンと見送る。



 二人の姿が見えなくなった途端に、『アイツ、ついにお二人に愛想尽かされたんじゃないか?』とヒソヒソ話す男子生徒の声が聞こえて来た。


 非常に残念な事ながら、僕は一部の中級貴族の男子に疎まれてしまっているらしい。

 実はここ数週間、レイもマックスもいない時に結構ヒソヒソやられている。


 はぁー……。帰ろ。



 歩いて帰るのは久しぶりだな……と思いながら一人トボトボ歩いていると、後ろから走って来た一台の白亜の馬車が僕の隣に横付けして来た。


「ハミング男爵ご子息様……ですわよね?」


 見るからに豪奢な装飾。しかしそれでいて上品で優美、というマジェスティな馬車からヒョッコリ顔を出したのは、何とレイモンド様の妹君。公爵令嬢のヴィオレッタ様だった。

 確かによく見ればこのマジェスティな馬車にも公爵家の家紋が彫られている。


 ……あれ、個人用の馬車だったんだ!

 さすが公爵家、金持ちっぷりが半端ないって!


「突然お声がけして申し訳ございませんわ。私、ヴィオレッタ・フォン・フェルトヌークと申します。宜しかったら、一緒に馬車にお乗りになられませんか?」


 —— え、嘘? 僕を誘ってる!?

 ええっ、どうしたらいいのコレ!?


「ご安心ください。馬車の中には侍女も同乗しておりますわ」


 オロオロする僕を見て、クスリと笑いながらヴィオレッタ様がそう言った。


 いやいやそんな心配をした訳ではないのですよ!?


 確かに馬車の中で二人っきりは非常にマズイが、そもそも論として馬車に乗せて頂くのが身分不相応だ。


「さぁ、どうぞ?」


 ヴィオレッタ様の言葉を受けて、わざわざ御者が降りて来て馬車の扉を恭しく開けてくれた。

 ニコニコと微笑むヴィオレッタ様。



 —— うん、これはもう逃げられない奴ですね。分かります。



 こんな所を見られたら、また学園でどんな噂を立てられるか分かったものではない。

 僕は少し周りを見回すと、ササっと馬車に乗り込んだ。



「初めてご挨拶させて頂きます。パトリック・ハミングでございます」


 向かい側に座るヴィオレッタ様に、深々と頭を下げて挨拶をする。

 

 最近、レイやマックスで感覚が麻痺していたけれど、目の前にいるのは王太子殿下との婚約も内定している公爵家のご令嬢なのだと思うと緊張で震えがきそうだ。

 僕が関わるには大物過ぎる。


「まぁ、そんなに緊張なさらないで? パト……あら嫌だわ、私ったら。お兄様がいつも家でお名前でお呼びしているものだから、つい」


 恥ずかしそうに顔を赤らめ、照れ笑いするヴィオレッタ様。



 え、何コレ可愛いんですけど。


 悪役令嬢って聞いてたイメージと全然違うんですけど。



「私も、『パトリック様』とお名前でお呼びしてもよろしいですか?」

「もも、もちろんでごザーマス!!」


 緊張のあまり、何かどこぞの奥様が降臨した。

 恥ずかしい、消えたい。


 そんな僕の醜態にも動じず、相変わらずヴィオレッタ様はクスクスと楽しそうに笑っている。え、天使。



「実は私、一度パトリック様にお礼を申し上げたいと思って、ずっと機会を狙っていたのです。ですが、想像以上に、その、兄がパトリック様に付き纏……いえ、一緒に過ごしている様で」


 ……妹のヴィオレッタ様から見ても、レイのあれは付き纏い行為に見えていたらしい。


「お兄様は、ご自身が学園に入学された一年程前から、徐々にふさぎ込む事が増えて心配していたのです。事情を聞いてもお話ししては頂けませんでしたし、私が入学の準備をする頃になると、今度は異常な程に私の心配をする様になって……」


 うーん、明らかにヴィオレッタ様の悲惨な未来を回避しようと悩んでいたんだろうな。

 

「でも、最近のお兄様はすっかり明るくなられたのです! 聞けば、パトリック様とご学友になられたとか」


 ヴィオレッタ様は手をパチンと合わせると、パアァッと顔を輝かせる。


「父と母も、兄を心配していたのでパトリック様にはとても感謝していますわ! よろしければ是非今度うちで晩餐を……」



 ムリイィィィーーーー!!



 ムリムリムリムリ、レイとヴィオレッタ様のご両親ってフェルトヌーク公爵ご夫妻でしょ?


 王家とも血縁関係にある名門中の名門貴族、フェルトヌーク公爵家のご当主夫妻でしょ!?


 想像しただけで僕の縦揺れがすごい。

 公爵家の馬車にはピンポイント縦揺れ機能でも付いているのだろうか?



 その後もヴィオレッタ様は気さくに色々とお話をして下さったけれど、僕の縦揺れがおさまる事はなく。


 そのまま馬車は今僕が暮らしている学園寮の前に停車した。


 笑顔で手を振るヴィオレッタ様に深々と頭を下げて、寮の方へと向き直る。



 ……レイに、絶対晩餐の招待はしないでねって伝えておこう……。




 さて、今僕の目の前には僕が住んでいる学園寮が建っている。


 高位貴族の子息もこぞって通う、超名門エーデルシュタイン学園の寮なのだ。

 さぞかし立派な物だと思われるかもしれないが、実はかなりこじんまりとした古……いや、歴史ある建物である。


 場所も平民街とスレスレの、貴族街の端っこの方にある。


 なんでそんな扱いかと言うと、ここに住んでいる生徒には、僕の様に田舎から出て来た下級貴族か特待生の平民くらいしかいないからだ。


 例えば、それこそレイやマックスなんて王都に豪邸と呼べる様な超立派なお邸があるし、そこまででは無くても高位貴族や中級貴族も、普通は王都にタウンハウスを持っている。


 しかし、当然僕のうちの様な貧乏男爵家にはそんな物はない。

 下宿させて貰えるような親戚もいない。

 残された方法が、この学園寮という訳だ。



 ……と、現実逃避するかの様に長々と学園寮について思いを馳せていた訳だが。


 

 実は今、そのボロ……ゲフンゲフン、歴史ある学園寮の丁度僕の部屋がある三階辺りに。

 



 —— 人間が、浮いている。


 

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