第9話 ならば直接対決だ。

「おいリック、自分から勉強教えてくれって言っておきながら何ボーッとしてんだよ?」

「うわ、本当だ! ごめん!」


 エーデルシュタイン学園では、学生がそれぞれの進路に合わせた学習をする為に週に数コマ自学の時間というのが設けられている。


 今、僕はマックスと一緒に自習をしている訳だが、最近の彼は僕と二人の時はいつもこんな風に砕けた態度だ。


「俺、算術の課題もう終わっちゃったんだけど?」

「嘘っ、さすがに速過ぎない!?」


 こちらの方が素だから楽だと言って、僕にも砕けた態度を求めるので、今では二人の時はすっかりこんな感じになってしまっている。

 ちなみにマックスは僕の事を『リック』と呼ぶ様になったが、こちらも了承した覚えはない。


「だからさ、こっちの世界では計算問題をいちいち全部最初から解こうとするから時間がかかるんだって。この辺の掛け算は、語呂合わせとかで全部暗記しとくんだよ」

「語呂合わせ? 暗記?」


 僕の解いている問題集を指でトントンと叩きながらマックスが説明する。


「いいか、例えば『11×11』は、いちいち計算するんじゃなくて『121』って答えを覚えとくんだよ。覚え方は『いい? いい? いついい?』だ」


 ……めっちゃグイグイ行く語呂合わせですね。


「その要領で、『12×12』は『144』。『いつも、いつも、いっしょ』な」


 ……偶然なんだろうけど、その語呂合わせにストーカー味を感じるのは僕だけですか?



 その後もいくつかの語呂合わせと計算のテクニックを伝授され、僕の計算速度は劇的に向上した。


 異世界の知識凄いな!!


 お陰で想定していたよりかなり早く課題を終える事が出来た。



 ……今なら聞けるかな。最近気になっていたあの事。



「あのさ、前にマックスが言ってた『乙女ゲーム』の話なんだけど」

「ああ、なんだ!?」


 課題をとっくに終えて退屈そうに欠伸あくびをかみ殺していたマックスは、前のめりに話に食いついて来た。

 よっぽど好きなんだな、ゲームの話。


「マックスには狙ってるエンディングとかないの?」

「無いな。それは一攻略対象であるマクスウェルが決める事じゃなくて、主人公ヒロインのアンジェリカが決める事だからな」

「徹底してるね……」


 という事は、マックスに協力して貰おうと思ったら、アンジェ自身にエターナルトゥルーエンドを目指して貰わないといけないって事?

 ……これまた難題来たな。


「エターナルトゥルーエンドってさ、どうやったら迎えられるの?」

「お、何だリック。そんなに気になるか? お前も世が世なら立派なゲーマーになれただろうに惜しかったな!」

「う、うん?」


 マックスは記憶を辿る様に目線を上に向けると、そのままゆっくりと語り出す。


「そうだな。最終的にはすべてのパラメーターをMAX値まで上げないと駄目だし、まず攻略対象全員を登場させる必要がある」


 何それ、全ての数値をMAXとか鬼か!?


「攻略対象って、レイとマックスの他にもいるの?」

「そりゃいるって。攻略対象が二人の乙女ゲーとかスマホのアプリでも見た事ないぞ。メインが四人、おまけ一人に隠しキャラが一人の合計六人だ」

「多いっ!!」

「そうか? この手のゲームにしては少ない方だぞ?」


 なんてこったい!


 じゃあ、エターナルトゥルーエンドを迎えようと思ったら、それだけの数の攻略対象者に出会いながらパラメーターを上げまくらないといけないって事だよね?

 …………アンジェが。


「それってやっぱり、攻略対象者とは出会うだけじゃなくて、仲良くならないといけないの?」

「ああ、そこがなんだよ。攻略対象者との好感度は、低過ぎるのはもちろん、高過ぎても駄目なんだ。誰かとの好感度を上げ過ぎると、そのキャラクターとの恋愛ルートに突入するからな」


 うげぇ。面倒くさい……。


「生かさず殺さずの好感度を保ち、パラメーターを爆上げし、戦闘パートも完璧にこなし、尚且つ必要なイベントは全て回収する。これが出来れば晴れて『エターナルトゥルーエンド』って訳だ。な? 難易度超バリ高だろ?」

「う、うん。……ていうか、これ実現可能なの?」

「ゲームでも俺でさえ到達出来なかったんだ。現実では不可能なんじゃね?」

「……だよね」


 どうしよう。いっそシナリオ破壊覚悟でヴィオレッタ様を助けるのを手伝う?


 でも、それだと今度はマックスと敵対するんだよね? それも嫌だよ。

 

 そもそも、あのレイが六回も失敗してるのに、僕が一緒にいるだけで未来が変わるとかそんな事あり得るの?


 色々な考えに支配されて頭がクラクラして来る。



 うぅ……僕は無事に学園を、それも出来るだけ好成績で卒業出来れば、それで充分だったのに……。



「……レイモンド絡みか?」

「!?」


 途方にくれて、何だか泣きそうな気分になっていた僕を、マックスが真剣な顔で見下ろしている。


「なんで……」

「最近お前、なんかよく考え込んでるだろ。この学園でリックを悩ますくらい関係が深いのなんて、俺かレイモンドくらいだからな」


 ぐっ。すみませんね、友達少なくて。

 

「どうせお前は、『レイモンド様の事情を僕が勝手に話す訳にはいかない』とか思ってるんだろ?」


 エスパーか!?

 

 驚いて見上げる僕を見て、マックスがふぅっと短いため息をつく。



「それなら仕方ない。

—— 直接対決といこうじゃないか?」



 そう言うと、マックスはニヤリと笑って立ち上がった。

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