第5話 オタクの矜持

 マクスウェル様から飛び出した、あまりにもエッジの効いた先制パンチのせいで危うく僕も異世界に意識が飛びそうになったが何とか耐えた。


 僕には守らなければならない田舎の領地と可愛い弟達がいる。

 


 とりあえず、マクスウェル様の話を理解できた範囲でまとめるとこうだ。


 まず、『乙女ゲーム』

 これはプレイヤーが主人公となり、攻略対象者と呼ばれるイケメン達と繰り広げる様々な恋愛模様を楽しむゲームの事らしい。


 そしてこの、『学園プリンス⭐️ラビリンス! 恋は気まぐれ、ミステリー♡』(以下、プリラビ)は、乙女ゲームの草分け的存在だそうだ。


 今でこそ一大ジャンルとして確立された乙女ゲームだが(知らんけど)、初めてそれと分類されるゲームが開発された時は、それはそれはイロモノ扱い。

 しかもこの『プリラビ』を開発したのが、硬派な歴史シュミレーションゲームで有名なゲームメーカーだったので、当時その界隈は大騒ぎだったらしい。



 マクスウェル様にとって思い入れの深い出来事なのか、目を爛々と輝かせ、引く程語りまくってくれた。


 うん、昔とある転生者の手記を読んだ事があるから分かるぞ。これが伝説の『オタク』と言う奴だな?


 ちなみに『オタク』には、『ヲタク』と表記される物もあるのだが、その違いは僕にはよく分からない。

 転生者の知識というのは奥が深いのである。



 で、肝心なその『プリラビ』の内容だが、驚くべき事に主人公ヒロインは平民ながら聖女の力に目覚めた少女らしい。

 

 レイモンド様の話と一致する内容に思わずドキリとする。


 聖女の力に目覚めたヒロインが、王都にあるエリート揃いの超名門校に転校するところからゲームのメインストーリーが始まるらしいのだが、それがつまりエーデルシュタイン学園この学園って事だよね?


 そして、そのヒロインが恋に学園生活に冒険に、と様々な世界を繰り広げていく……と。


 ん? 冒険??


「あ、あのマクスウェル様。冒険……というのは?」


「ああ、このゲームにはきちんと戦闘シュミレーションパートもあるんだ。ここが中々骨太の作りになってて、やりごたえあるんだよ! やっぱりそこは元々歴史シュミレーションの大家と言われた開発元だけあって戦略が必要って言うか、単に自軍のパラメータが高いだけだと……、そこに攻略対象者との好感度が絡んできて……、さらにその戦闘パートの勝敗が本編に…………」



 あ、また入っちゃった。変なスイッチ。


 うん、これからこのスイッチの事を『オタクスイッチ』と呼ぼう。


 しかし、戦闘パートとはまた不穏な……と思いながらもマクスウェル様の話を聞いていると、どうもヒロインは戦闘パートをこなす事でレベル、つまりは聖女の力を強くしていくらしい。



 え、学園生活こなしながらアルバイトもして(バイト先で出会う攻略対象もいるらしい)冒険してレベル上げるの?


 ヒロイン忙し過ぎない? 過労死するぞ。



「あの、マクスウェル様……?」

「ハァ、ハァ……何だ?」

「レベルを上げないとどうなるんですか?」

「魔王が復活してバッドエンドだ!」



 ギャーーーー!?



「誰か一人の攻略対象者の好感度をカンストするまで上げると、一度復活した魔王を愛の力で倒すというエンディングもあるがな?」


「そんな、魔王を恋のスパイスみたいに言わないで!?」


「いやまぁ、乙女ゲームだしな……」


 僕にとっては紛れもなく現実なんですよ、この世界!!



「ふぅ、興が乗って喋りすぎたな。とにかくこれで大体の事は分かっただろ? 下手にシナリオを壊すと世界の危機に繋がるんだよ」



 はい。大体の事が理解しがたいという事がよく分かりましたよ。


 ひとことで言おう。不合理!!



 そして、レイモンド様の話もマクスウェル様の話もどちらも全く信じたくはないのだが、嫌な感じに整合性が取れてしまうのが気持ち悪い。



 ……あれ? これまさか。



「あの、もしかしてなんですけど、その『プリラビ』にヴィオレッタ様って登場したりします……?」


 女の子だから、攻略対象って事はないと思うんだけど。


「ああ、勿論だ。全てのルートで出て来るぞ。ヴィオレッタは『悪役令嬢』だからな」



 ああぁぁーー、何だかよく分かんないけど、ヴィオレッタ様が悲惨な最後を迎えるっていうの、多分この『シナリオ』のせいだ!



「その、やはりヴィオレッタ様的には最後はバッドエンド的な?」


「悪役だからな! 基本悲惨な末路だ。処刑、国外追放、闇堕ち、幽閉、……魔王の僕なんてのもあったな」


 悲惨過ぎる!!


「あの、ヴィオレッタ様が助かるルート、なーんていうの、は……?」


 恐る恐るそう聞くと、マクスウェル様の雰囲気が一気に変わった。


「お前、なんでそんな事聞くんだ? さてはやはりシナリオを……」


 『ゴゴゴゴゴ……』という効果音でも背負いそうな勢いでマクスウェル様が威圧して来る。

 ギラリと光る銀縁メガネ。



 ひいぃぃー、怖い怖い怖い。



「ち、違っ、そのっ、そう! 一見無さそうなルートを模索するのって、攻略しがいがありそうじゃないですか!? えっと、オールコンプリート! みたいな!?」



 確か、その以前に読んだ転生者の手記に、『オタクは全制覇オールコンプリートしたがる』とか書いてあった。


 意味は分からんけど!



「なんだパトリック、お前分かってるじゃないか。転生者じゃなくても見どころあるぞ!」


 パアァァっと、今度は急角度でご機嫌を回復したマクスウェル様は、僕の肩をバンバン叩くとこう言った。



「実は一応あるんだよ、悪役令嬢も救われるエンディング。難易度超バリ高の通称『エターナルトゥルーエンド』!! ……前世の俺でも到達できなかった、伝説のエンディングだ!」




 ……聞かなきゃ良かった、気がする。

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