第6話 ヒロイン降臨! 平民聖女アンジェリカとの出会い

「アンジェリカです! アンジェって呼んで下さい♡」

「嘘、本当に来ちゃったよ……」


◇◇◇



 そんなこんなで更に二週間が過ぎた頃には、僕はすっかり学園の有名人になってしまっていた。


 しかも一部の女子から僕は『夢の様なカップリングに挟まる男』として、命を狙われんばかりに睨まれている。


 違うよ!? 

 挟まってないよ、よく見て!?


 両側からプレスされて押し潰されそうになっている弱小貴族。それが僕です。


 ……あれ? 挟まってるのか?



『きゃっ! レイモンド様とマクスウェル様よ!』

『二人ともなんて麗しいのかしら……』

『最近よくご一緒におられるけれど、やはり特別に親しい間柄なのかしら!?』


 高身長の二人の間に挟まると、角度によって僕の姿は物理的に見えなくなるらしい。


 レイモンド様とマクスウェル様のツーショットにたぎりにたぎっていた令嬢達が、間に挟まっていた僕の姿を認識した途端、スンッと鎮まる。


『『『ちっ! アイツ邪魔ね!!』』』


 ……最初、僕が他人の心を読める様にでもなったのかと思った。


 まさかあんなヒドイ事口に出して言う? ご令嬢が『ちっ!』とか言ったよ?


 頼むからせめて心に秘めやがれ下さい。

 泣きそうです。




 あの後聞いたのだが、驚くべき事にマクスウェル様は自分が転生者だという事を周囲に秘密にしていたらしい。

 平気で僕にベラベラ喋るから、てっきり公認の事実なんだと思っていた。


 本人いわく、攻略対象のマクスウェルには転生者なんていう設定は無かったから、そのせいでシナリオが狂うと困ると思ったのだそうだ。

 原作リスペクトが過ぎる。


 そんな訳で、久しぶりにゲームの話が出来たのが余程楽しかったのか、あの日以来僕はすっかりマクスウェル様に気に入られてしまった。

 僕には既に転生バレしたので、遠慮なく話せるのが嬉しいらしい。


キャラクターマクスウェルのイメージを壊さない為に猫を被っているのは疲れるからな! 丁度良い、お前俺の吐き出し口ともだちになれ』


 と、いい笑顔で言われた時はさすがに泣いた。



 レイモンド様が言っている事もマクスウェル様が言っている事も、まぁ何というか、ご自身の妄想とかだったらいいなーなんて思っていたのだが……。



 二人が言っていたのと同じ日に、ついに本当に転校生は現れたのだ。




「アンジェリカです! アンジェって呼んで下さい♡」

「嘘、本当に来ちゃったよ……」



 教室の前方、教師と並んで立つアンジェリカは、一言で言うとフワフワの砂糖菓子の様に可愛らしい女の子だった。


 パッチリとした大きなピンク色の瞳は少しタレ目で、瞳と同じ色の髪をふんわり編み込みのハーフアップにしている。赤いリボンもお似合いだ。


「えーと、後ろに確か席が余っていたな。アンジェリカさんはそこに座りなさい。パトリック君、色々教えてあげる様に」


 僕の席は教室の一番後ろの一番端っこで、隣に一席だけ空いた席があった。

 席の並びには身分が反映されている様なので順当な場所だと思っていたのだが、まさかこんなトラップがあったとは……!


 教室中の視線を一身に受けても動じる事なく、教室の一番前から一番後ろまでゆっくりとアンジェリカが歩いて来る。


 うわ……可愛い……。


 本当に平民なの? って位、髪の毛ツヤツヤだしお肌スベスベだし何かいい匂いする。


 隣の席に座ったアンジェリカは、小首を傾げて微笑むと、上目遣いでこう言った。


「私、貴族社会の事は何もわからなくて……。優しそうな人がお隣で良かった! 色々教えて下さいね、パトリック様」



 ——こんなん、惚れてしまうや……


「……って、痛ーーーー!!??」



 思わずアンジェリカの持つ吸引力に惹き込まれそうになっていると、お尻に激痛が走った。


 何、電撃!? 

 めっちゃビリビリするんですけど!?


 バッ! と前方を見るとマクスウェル様の肩が笑いを堪える様にプルプルと震えている。



 ……犯人はアイツだーー!!



◇◇◇



「もう、もう! 何やってるんですか、マクスウェル様!? お尻が四つに割れるかと思ったじゃないですか!」

「どれ、見てやろう」

「変態!!」



 お昼休み。


 涙目でマクスウェル様の元に抗議に向かった僕は、ランチのお誘いにやって来たレイモンド様にマクスウェル様ごと連行されて中庭までやって来た。



「……最近、パトリックがマクスウェルとばかり仲良い……」


 レイモンド様が拗ねて、その辺の雑草を抜いている。


 やめて下さいよ、レイモンド様そんなキャラじゃないでしょ!?



 学園の中庭にはランチやお茶会が出来る様な立派な東屋がいくつかあるのだが、その中でもとりわけ豪華な上級貴族専用の東屋に今僕達はいる。

 

 『学園内では身分関係無く平等』とか、本当によく言えたもんだよね……。

 結構、何から何まで差別されてると思うんだけど。



「お待たせ致しました。『シェフのきまぐれサンドイッチ』でございます」


 いつもの個室で見かける笑顔の素敵な給仕が、中庭までサンドイッチを運んで来た。

 今日のシェフは気まぐれにパンに具材を挟んだらしい。

 


「そう言えば、君達のクラスに転校生が来たらしいね。どんな子だい?」


 気を取り直したのか、給仕が現れた事でいつもの調子に戻ったレイモンド様にそう尋ねられる。

 

 そうだった! 今日はついに例の平民聖女が現れたのだ。


 ……って、あれ?


「お二人とも、こんな所で僕になんて構っていていいんですか?」



 レイモンド様はヴィオレッタ様を悲惨な未来から救う為。

 

 マクスウェル様は己の愛するゲームのシナリオを守る為。



 それぞれ理由は違うが、平民聖女アンジェリカは超重要人物のはずなのだ。


 そのアンジェリカがついに現れたというのに、こんな所でのんびりランチしてていいの?

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