第4話 恋は気まぐれ、ラビリン……ス?

 何がどうしてそうなったのか、目の前には変なスイッチが入り、ゲームがどうの、攻略がどうのと滔々と語るマクスウェル様。

 

 どうしよう、このままでは授業が始まってしまう。

 

 王都へ出て来るまではやれ神童だ、天才だ、と持てはやされていた僕だが、ここは出来る人間の巣窟だ。


 入学試験の成績で十位以内にも入れていなかったと知った僕の鼻は既にポッキリいかれているのだが、ここで諦める訳にはいかない。


 僕はまだ地元の星なのだ。

 


「ま、マクスウェル様っ! 授業、授業が始まります!!」


 駄目もとで叫んでみると、思いのほかこの言葉は威力を発揮した。


「! ……確かにそうだな。マクスウェルは教師の信頼も厚い優等生キャラだ。キャラクターのイメージを遵守する為にも、遅刻をする訳にはいかない……」


 今度は何やら早口で一人ブツブツ言い出したマクスウェル様は、しかし授業にはきちんと出席する様で、移動先の教室に向かって歩き始めた。ホッとしながら僕もその後を付いて行く。



 マクスウェル様、お願いだから授業受けてる間に、その変なスイッチ切っといて下さいね……。



 ◇◇◇



「さあパトリック、一緒に帰ろう!」

「ハミング男爵子息、先程の話の続きをしようか」


「「「…………」」」



 放課後。


 授業が終わると同時に教室の後ろ側のドアからこっそり脱出しようとしていた僕の前方にレイモンド様が、後方にマクスウェル様が仁王立ちしている。


 まさに前門の公爵令息死に戻り、後門の侯爵令息転生者

 どっちもどっちこの上ない。



「やあ、久しぶりだねマクスウェル。悪いけれど、このところパトリックは私と登下校を共にしていてね。遠慮してくれるかい?」


「お久しぶりです、レイモンド様。ここ数日のお二人の様子は承知しています。だからこそ、今日は私にパトリックを譲って頂けませんか?」


 何故か人の頭上で二人の高位貴族がバッチバチに火花を散らしているんですが、本当にやめて頂けませんかね?

 胃が、胃がキリキリする。



「どういうつもりかな? マクスウェル」


「朝も昼も夜もレイモンド様とご一緒では、パトリックにクラスの学友と親交を深める時間がありません。クラス委員としては、看過し難いですね」



『朝も昼も夜も!?』とクラスの中がどよめく。


 誤解される様な言い方するのも、本っ当にやめて頂けませんかね?

 ちょ、もうストレスでお腹グルグルしてきたんですけど。



 昨日までの段階で先程のマクスウェル様の台詞を聞けたなら、どんなに頼もしく思ったことだろうか。

 感動にむせび泣いたかもしれない。

 

 しかし、今となってはもはやマクスウェル様はレイモンド様と同じ穴のむじなである。




 結局、高位貴族二人の問答はマクスウェル様の勝利で幕を閉じた。

 一応正論ではあったしね。

 ちなみに、僕の意思は一切確認されなかった。僕、当事者……。


 

 捨てられた子犬の様な目で僕を見るレイモンド様の横をすり抜けて校舎を出ると、今度は侯爵家の馬車に乗せられる。

 

 公爵家の装飾がゴツいファビュラスな馬車に比べて、侯爵家の馬車は装飾が少なく、その分しっとりとした木目が美しいマーベラスな馬車だった。

 うん、どっちもめっちゃ高そう。



 カタコトと品よく揺れる馬車の中、恐る恐る話を切り出す。


「あの、お話の続きとは……?」

「結局、昼はお前の目的について何も聞けなかっただろうが。さぁ、話せ」

「目的も何も……。僕は本当にただの田舎から出てきただけの男爵家の嫡男です。転生もしていなければ、レイモンド様にまとわりついているつもりもありません」


 まとわりつかれているとは思うけどね……。

 

「それが本当だとして、何故レイモンドはお前に構う?」

「それは、僕が聞きたい位です……」



 一応、死に戻りだのヴィオレッタ様を助ける為に未来を変えたいだのの話は伏せておく。

 レイモンド様の名誉に関わる話だし、これ以上深く関わりたくないし。



「……本当にお前は転生者じゃないのか?」

「はい」

「シナリオを壊そうとしている訳でもないんだな?」

「はい。そもそも、そのシナリオという物が何なのか分かりません」


 マクスウェル様はフーーッと長い溜め息を吐くと髪をグシャグシャっとかき混ぜ、だらし無く座り直した。

 

「……何だよー、絶対お前は転生者だと思ったのになぁ。転生者でもないモブが自分の意思で動いて攻略対象者と絡むとかあり得ないだろ!?」


 すんごい事言われた。そのモブって、話の流れからすると僕の事だよね?

 自分の意思でくらい動くでしょ、生きてるんだよ??

 

「……全面的にお前の言い分を信じる訳じゃないからな。お前がシナリオを壊さない様に当分は監視させてもらうぞ?」

 


 まさかの巻き込まれ事故再び!

 もはや多重事故!!



「あ、あの。せめて事情を説明して下さい。僕からしたら訳が分からないですよ。その乙女ゲームとか、攻略対象とか、シナリオとか」

「……長くなるぞ?」

「構いません」


 どうしても巻き込まれるというのならせめて事情くらいは知りたいし、……出来る事なら巻き込まれない為の対策を立てたい。


 その為にはまず情報だ。



「分かった。まず、そうだな……ここは俺が前世でプレイした事のある乙女ゲーム、『学園プリンス⭐️ラビリンス! 恋は気まぐれ、ミステリー♡』の世界だ」


「なんて?」


「だから、『学園プリンス⭐️ラビリンス! 恋は気まぐれ、ミステリー♡』だ!」



……。


…………。



———— ダッサアァァァ!? 


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