第2話 高貴なお友達、爆誕

 その後、午後の授業の予鈴が鳴ると共に、僕は脱兎のごとく個室から脱出した。


 ちゃんと食事のお礼も言ったし、授業に遅れそうだから慌てていただけなので問題はないはずだ。うん。


 多分レイモンド様は、田舎の男爵家の人間なんて物珍しくてつい揶揄からかってしまったのだろう。


 こちらとしても公爵家の令息と食事を共にする機会など恐らくもう一生訪れない。

 ちょっと心臓に悪かったが、まぁ貴重な経験をしたと思えば、将来的には良い思い出になるはずだ。


 公爵家の人間とテーブルを共にするなど、田舎の人間にとっては素晴らしい武勇伝になるのだ。弟達もきっと喜ぶだろう。



『さようならレイモンド様! ご馳走様でした!!』



◇◇◇


 なんて思ってましたよ。数時間前まで。


 放課後。何故か一年生の教室の前の廊下で、笑顔で僕に手を振るレイモンド様の姿が見えるんだけど、なんで?


 教室に響き渡る黄色い悲鳴と好奇の目。


「やぁパトリック! 一緒に帰ろう」


 と、爽やかな笑顔で言うレイモンド様。

 僕に断るという選択肢などあるはずもない。あぁ身分制度が憎い。


 そのまま連行され、女子生徒で出来た花道を通って公爵家の家紋付きのファビュラスな馬車に乗せられた。装飾がゴツい。


 何コレ、公開処刑?


「……あの、レイモンド様。なんで僕なんかに構うんですか? 自分で言うのも何ですが、僕といても何もメリットとか無いと思うんですが」

「うん? 私達はもう友達だろう?」



 オ・ト・モ・ダ・チ?


 お友達??



 え、何? 王都では同じ鍋で煮込んだ牛ほほ肉食べたらみんな友達とかそういう不文律でもあるの?

 都会こわっ!!



「それにな、昼にも言ったが私は七回死に戻っている。つまり、死んで過去に戻り、何度も同じ時を繰り返しているのだ」


 あんな話をほじくり返すなんて、随分とこじらせたな。


 この数時間、レイモンド様の言っていた事について嫌でも考えてしまった僕は、一つの結論に達した。

 

 公爵令息とはいえ人間だし男だ。


 きっと彼は、少し遅めにを発症してしまったのだ。


 僕には四人の弟がいるのだが、多かれ少なかれみんなこういう時期はあった。

 一番下の双子は今も現役で、部屋で暗黒竜(トカゲ)を飼っている。

 ちなみに年齢は五歳だ。可愛い盛りである。



 まぁ、僕に関係ない分にはいいか……。



 半ば開き直った心境でレイモンド様を生あたたかく見守っていると、突如話の矛先がこちらに向いた。



「いい加減ヴィオレッタを救い出し、このループから逃れたい。私は、そのカギは君にあるんじゃないかと考えている!」



 心の底から、何で!!??



「いや、僕はそんな大層な者では絶対にないです!」


 手と首を光速で左右に振って、ナイナイナイナイ、と必死で無関係アピールをする。


「一度目の生の時、私は妹を見捨ててしまった……。いや、私も他の連中と一緒になって妹を断罪してしまったのだ。結果、妹は自ら命を絶った」


 僕の話、全然聞いてくれない!


「しかし、妹は冤罪だった。私は激しい後悔に苛まされ、食事も取らず夜も眠れずひたすら悔やみ続けた。そして、ある日ついに病にかかり呆気なく死んだ。……はずだったのだが、何故か気が付けば時が戻っていたという訳なのだ」


 拗らせ妄想にしては内容が鬱過ぎる。

 はっきり言ってドン引きだ。


 部屋で暗黒竜トカゲ飼うくらいにしといて下さいよ、未来の公爵様。

 国の行く末が心配になります。


「私は、今までとは違った未来に進みたい。そこに今まで現れた事がなかった君が現れたんだ! 私は思った。『君に出来る限り深く関われば、今までと違う未来に繋がるに違いない』と!」



 大型巻き込まれ事故発生!!



「れ、レイモンド様……」

「という訳で、これからの登下校は共にしよう! 昼も一緒がいいな……。なんなら公爵邸に下宿するというのはどうだ?」


 ギャーーーー!!


 国の最新鋭の技術が詰まった馬車なだけに車内は全然揺れていないというのに、僕だけ縦揺れが酷い。


「改めて、これからよろしく頼むぞパトリック!」


 レイモンド様の純度100パーセントのキラキラ美形スマイルが炸裂する。


 ああ、笑顔が眩しいって比喩表現じゃないんですね。

 誰か僕にサングラスを下さい。



 そして出来る事なら、

 

 ……助けて下さーい!!



 サングラスは涙を隠すのにも丁度いいかもしれない——。

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