僕にはやんごとなき御身分のストーカーがいます。しかも増えてます。

腹ペコ鳩時計

第1話 7回死に戻った男 公爵令息レイモンドとの出会い

「君は一体何者なんだ!?」

「へ? ぼ、僕ですか?」


 突然腕を乱暴に掴まれ、驚いて相手を見上げた僕はさらに驚くはめになった。


 そこにあったのは自分とは縁のカケラもないと思っていた学園カーストのトップオブトップ、公爵家嫡男レイモンド様の麗しい御尊顔だったからだ。


 眉目秀麗、聡明叡智。

 学園の入学試験はぶっちぎりのトップで、何と全教科満点を叩き出したという生ける伝説。

 ひとたび彼が登校すれば、その姿を一目見たいと集まった女生徒達で正門前に謎の花道が出来上がる。

 

 それがレイモンド様だ。



◇◇◇



 学園に入学して一週間。


 たかが一週間、されど一週間。


 田舎の領地で天才だ、神童だ、と持てはやされて伸びていた僕の鼻がポッキリいくには十分な期間だった。


 王都にあるここ国立エーデルシュタイン学園は、この国に住む者なら誰もが知る由緒正しき超名門校だ。


 ドが付く程の田舎にある貧乏男爵家の長男である僕には本来縁遠い学校だが、そこは神童(もはや過去の栄光)。


 領地のみんなや周辺領主の後押しもあり、実家の男爵領があるランディシャフト地方始まって以来初の王都進学を果たしたのがこの僕という訳だ。


 まさに地元の星。


僕の背中には田舎の期待と実家の命運がガッツリと背負わされている。


 こんな所でイケメン公爵令息様のご不興を買っている場合ではないのだ。




「ぼ、わ、私はハミング男爵家の嫡男、パトリックと申します」

「そういう事を聞いているのではない。君は何故ここにいるのだ。私や、私の妹と何か関わりがあるのか?」


 レイモンド様やその妹のヴィオレッタ様と関わり?


 ないないないない!


 現在進行形で一切関係ないし、今後も1ミリも関わる気ないです!!


 何とか上手く否定したいのだが、あまりの出来事に呼吸困難の金魚の如くハクハクと口が動くだけで言葉が全然でてこない。


「何とか言え」


 レイモンド様は低い声でそう言うと、僕の腕を掴んでいた手に力を込める。


「……痛っ!」


 かなりの力で腕を掴まれ、思わず顔が歪み声が漏れる。

 それを聞いたレイモンド様はようやくハッとした表情になり手を緩めてくれた。


「……すまない。のは今回が初めてで、少し興奮していた様だ」


 ……?


 なんだろ、僕みたいな田舎者がこの学園にいるのが、レイモンド様からしたら『違う』って事?


 まぁ確かに公爵家の嫡男なんて下級貴族と関わる事もそうないだろうけど、この学園には数は少ないとはいえ平民もいるのに?


「あ、あの、私はこの学園に入学する為に王都から遠く離れた領地から出てきたばかりです。レイモンド様とお会いした事もありませんし、ヴィオレッタ様も学園でお見かけした事があるだけで、言葉を交わした事もありません」


 レイモンド様は一学年上の二年生。

 ヴィオレッタ様は僕と同じ一年生なのだが、当然のごとく接点は皆無だ。


 痛む手首をさすりながらオドオドと説明すると、何故かレイモンド様も途方に暮れた様な顔をする。


「そうか……。すまなかったな」

「いえ、それでは」


 そう言うと、スススッとその場から離れ、遠巻きにこちらを見ていたクラスメイト達の所へ戻る。


 入学して一週間。

 距離感を測りながら少しずつ仲良くなってきた友人達と楽しくランチしようとしていた所だったのに、とんだ邪魔が入ったものだ。


 ほら、みんなも軽く引いちゃってるじゃん。


 田舎者は王都に知り合いなんていないから、友達作りも大変なんだぞ!?



「みんな、ゴメンね! さぁ早くカフェテリアに…

「おい」

 

 女子なら腰が砕けてしまいそうな美声を間近で聞かされ、ギギッと振り向くとまたもレイモンド様の麗しい御尊顔。


 もうヤダ!

 何でこの人僕にかまうの!?


「これから昼食だったのか?」

「そうですけど……」

「そうか! ならば先程の詫びに私がご馳走しよう。あちらの個室に来るといい」


 あちらって、……上級貴族専用エリア!?


 この学園では、表向きは『学園内は身分に関わらずみんな平等』なんてご立派な理念が掲げられているが、もちろんそんなのは建前だ。


 現にこの廊下。

 そこの曲がり角から明らかに絨毯はフッカフカだし調度品も豪華極まりない。

 

 そう。そこから先がまさに上級貴族専用エリアなのだ。


「いえ、あの私はクラスメイトと……」

「すまんが、パトリックを借りても良いか?」

「「「も、勿論どうぞ!!」」」



 ……一週間の友情、儚い……。



 ◇◇◇


 レイモンド様に連れ込まれた上級貴族専用エリアの個室の、あまりの煌びやかさに頭がクラクラする。


 ここ、多分あれだ。上級貴族専用エリアの中でも王族や公爵家が使う様な部屋だ。


 あれよあれよという間に椅子に座らされ、笑顔の素敵な給仕に広げたメニューを見せられたけど、値段が書いていないメニュー表なんて恐怖以外の何物でもない。




「単刀直入に言おう。私は、妹を助けるためにもう何度も死に戻っている。今は七回目の生だ」


 は?


 僕が何とか一番無難そうな『本日のお勧めランチ』を注文して給仕が出て行くと、レイモンド様がとんでもない事をのたまった。


「これから三年後の卒業式で起こる悲劇を回避する為に、何度もやり直しをしているのだが上手くいかないのだ。まるで運命が操られているかの様に、結局妹は悲惨な目に合う」



 ……ヤッベェ。



 哀しそうに目を伏せて語るレイモンド様の姿は有名画家が裸足で逃げ出す程に芸術的なのだが、話の内容が残念過ぎる。


「その顔、信じていないな?」

「いや、その、えっと……」



『いや信じるわけないだろ!?』

 と、心の底からツッコミたい。


 しかし、相手は公爵令息様だ。

 田舎の男爵家の僕ごときがツッコんでいい様なお方ではない。


 どう答えればいいのか分からず僕がオロオロしていると、ノックと共に給仕がランチを持って現れた。



「お待たせいたしました。本日のお勧めランチ、『シェフの気まぐれ牛ほほ肉の煮込み〜デミグラスより愛を込めて〜』でございます」



 なんて!?

 シェフ、気まぐれに牛を煮込まないで!?



「私がどんなに未来を変えようともがいても、形を変えて結局ヴィオレッタは不幸になるのだ。最早どうしてよいのか分からず心が折れそうになっていた時、君が現れた」



 そっちはそっちで話続けるんかい!

 もう情報が渋滞し過ぎて訳が分からない。



 とりあえずその話、僕まったく関係なくない?



「あの、僕、関係なくないですか?」

「いや、大アリだ。君は私が今まで七回繰り返した人生の中で、んだ」


 ……存在感がなさ過ぎて、気が付かなかっただけでは?


 レイモンド様に促されとりあえず食事を始める事にしたが、何とも気まずい空気が流れる。



「やはりすぐには信じられないか?」

 

 ……超絶美形のレイモンド様にすがる様に見つめられると、道を踏み外しそうになるからやめて?


 いやだってさ、むしろこんな話をすぐ信じちゃう方がヤバくない?


 ああ、正解がわからない。

 そしてこの牛の頬肉のデミグラスソース煮込みめちゃくちゃ美味い。



「わかった。証拠を示そう」



 こうなったら仕方が無いので、開き直って恐らくもう一生食べる事もないであろう最上級の牛肉料理に舌鼓を打っていると、レイモンド様は一人滔々と話し続けた。



「いいか、入学から一ヶ月後。つまり今から約三週間後に、聖女の力に目覚めたという平民が転校してくる。その女が、妹の人生を狂わす元凶だ」



 ヤバさが加速度を増していく。



「現時点ではこの情報を知る者は誰もいない。つまり、三週間後に本当にその平民が転校してくれば、私は未来を予知したという事になる。


……どうだ、これなら証拠になるだろう?」

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