第6話 悪役令嬢の弟の話

 あぁ、なんてことだ。

 姉上の手を煩わせてしまった。

 僕と殿下でどうにかするつもりだったのに。

 はぁ、後悔しても仕方がないけど姉上の憂いを払うのはまだ僕の役目だったのに。


 姉上が憂いるようになったのはいつからだったか。

 あれは僕がまだ学園に入学する前、お姉様が入学した年からか。


 由緒正しい貴族の学び舎に実験的に平民が10名入学することになった。

 公には無作為に選ばれたとはいわれてるが、そのほとんどが商会を営む者の子息や学問に明るいもの、騎士団に入団する予定のものなど将来貴族とつながりが必要になるであろう者たちだった。

 それゆえ、  の存在は異質だった。

 なぜ選ばれたのかわからないほどに勉学は平均以下、体を動かすこともあまり得意ではないよう。

 確かに見目はそれなりだが、幼い頃から手間とお金をかけている貴族令嬢に比べると平均以下。それでも本人は自分が一番だと思っていたようだけど。

 敢えて長所を言うなら、人柄がよさそうにみえることだろうか?


 初めの頃、彼女は誰からも慕われていたし誰に対しても可愛らしい女の子だった。

 不思議なくらいに。

 なぜか彼女はそれぞれの好みに合わせた言動をし、誰にも言えない悩みを的確に指摘した。

 だからみんな次第に異変を感じていった。

 なぜ彼女はそんなことを知っているのか?なぜ自分のためのような振る舞いをできるのか。

 皮肉なことにその異質さに気付いた者たちはみな跡を継ぐ者たちだけだった。

 自分の身分を理解し、行動できる者たちだけだった。

 だから騎士団長の長男や宰相の次男、第二王子殿下が彼女の恐ろしさに気が付かなかったのはある意味仕方のないことなのかもしれない。

 …まぁ、あの長男が今になって後悔しているようだから少しは見込みがあったのかもしれない。

 もう遅いけど。

 僕に対しても、「優秀なお姉様がいるから比べられて大変よね。貴方は貴方なのに。」なんて言葉をかけられた。

 正直気持ちが悪かった。なぜ何も知らない彼女にそんなことを言われなければならないんだ。

 優秀な姉とは言うが、姉上は努力の人だ。近い将来王太子妃になるものとして、ゆくゆくは王妃になるものとして小さなころから弛まない努力をしてきたことを僕は知っている。

 僕のしている努力なんて姉上に比べたら…そう思うと自分の勉学にも力が入る。

 …それを知らずに彼女は僕を慰めたんだ。きっと責務のない人間には彼女の言葉は響いただろう。でも僕は言いようのない怒りを感じてしまった。

 なぜほとんど話したこともない彼女にそんなことを言われなければならない?

 なぜ知ったような口をきかれなければならない。

 …なぜクラスも違うお前が姉上のことを知っている。

 考えれば考えるほどドツボにはまったような感覚だった。

 一度彼女について殿下に聞いたことがあった。


 この選別を行ったのは学園長である王弟殿下だった。でもその王弟殿下もなぜ彼女を選んだのか記憶があいまいだというそうだ。

 ますます気味が悪かった。

 僕と殿下で姉上の憂いを払うため、事態を解決するために動き始めた矢先。

 姉上が先手を打たれた。僕たちがもたもたしていたからだろう。

 姉上には申し訳ないことをした。

 …でもいつぶりだろう。姉上の笑顔が晴れやかなのは。

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